うちこのヨガ日記

ヨガの練習や読書、旅、生活、心のなかのこと。

日本人は知らなすぎる 聖書の常識 山本七平 著


山本七平さんの本を読むのはこれが2冊目(前に読んだ本はこちら)。夏目漱石を読み出したきっかけも、日本人特有の考え方やその背景を考えるようになったのも、この著者さんの影響です。このかたの本の感想を書くのは、いつもむずかしい。
「宗教」をわかりやすく教えてくれつつ「日本の特異性」も説いてくれる。後者がグサグサくるので後者のほうが脳に刻まれていく。海外旅行やちょっと住んでみて感じる程度の考えはまだ浅いのだろうけど、それでも感じる自分の日本人的な思考の異常さ(山本七平語では「日本教」)は、もう目を背けておくことができない問題。このベースのうえにヨーガだヒンドゥーだといっても、「これはいい教えだからトイレに貼っておきたい」というくらいで、それなら相田みつを作品のほうがよっぽど一字一句残る。


世界のニュースが理解できないと、より理解できるものだけにエネルギーを割き、近視眼的になり、自己肯定力が弱ってくると心のなかで誰かやなにかを攻撃し、ヴィヤーサやパタンジャリと一緒に反省する。そんなサイクルが、日本人ヨギの多くのパターンではないかと思う。でもわたしはそこから出たい。日本教の輪廻からも抜けたい。
もともとそこまでシリアスに考えていたわけではなかったけど、ヨーガの学び始めのころに感じた違和感はすべて大事にとってあって、それがいまの学びの原動力になっている気がします。宗教の学びはヨーガをスタート地点にしているので、大きな宗教の中でもいろいろ回り道をしながら最後に聖書、という順番で来ています。


この本は項目もまとめ方も、その編集力が神、といいたくなる本です。ページ順に沿わず、わたしのコメントしたい順番に引用紹介します。

<あとがき より>
 これまでに、伝道集会その他の機会に、聖書に断片的に接した方々は、以上を読まれて(=この本を読んで)、ある種の意外性と違和感を感じられたのではないかと思う。それは当然であり、その理由は聖書の思想はそのままにキリスト教思想であるのではなく、その基本信条である二ケーア信条(第一次)ができたのは、紀元三二五年なのである。さらにプロテスタント諸教会がだいたいにおいて採用しているラテン型ニケーア信条が完成したかたちで成立したのは、紀元五八九年以降である。その過程は無視し得ない。
 いわばそこには、初代教会以降の思想形成史があり、それに基づく聖書解釈があるわけであって、その中には聖書には出てこない概念があって不思議ではない。たとえば「三位一体」といった言葉は、聖書にはない。

律法と契約と信条。このあたりの解釈が、この本一冊を通じて解説されています。ものすごく複雑なのに、この一冊でアウトラインがつかめる。断定しながら構成するプロセスを想像すると、ものすごい作業だと思う。目次が既に聖書・スートラみたいなの。



<18ページ「聖書は一冊の本ではない」より>
 旧約聖書から生まれた宗教は、三つある。ユダヤ教キリスト教イスラム教がそれであり、旧約に「タルムード」がプラスされたのがユダヤ教。旧約プラス「新約」がキリスト教。旧約プラス「コーラン」がイスラム教と考えたらよいだろう。
 旧約聖書ユダヤ教キリスト教イスラム教の三つの宗教の基本になっており、その意味で現代の世界の大部分は何らかのかたちでその影響をうけている。そして、その影響をほとんど受けなかった民族の一つ、それがわれわれ日本人である。

この最後の一行が、ズシンとくる。地球が滅びるので別の星にみんなを移してあげようと、神様引越しセンターが仕事をするときに忘れられそうな国なんだよなぁ、日本。そして、島国根性と単語自体は知ってても、その根っこはなかなか体感しないよね。以下の説明がこれまたズシンときます。



<246ページ 「民族主義と普遍主義」より>
 日本の天照大神民族主義的なワクを絶対に越えられず、天照大神が日本をこらすためにアメリカを起こしてこれを打つなどと発想は、もとより、あり得ない。しかしイザヤはすでにそれを越えて、世界的な視野で神と民との関係をみる状態に達していた。
 神が唯一の絶対者であるという発想から出発すれば、選ばれた民イスラエルがなぜ苦しまなければならないかという問題の解決は、世界主義的にとらえるしかない。

梵天信仰もなんとなく海を越えない。インドから来てるのに(笑)。




このほか、わたしは聖書の世界にはこれまでまったくといっていいほど触れてこなかった。
ガンジーの思想と運動によってインドが英国による植民地支配から独立した」ということも、思想や背景ごと学ぶのには5年くらいかかったので、「ルターによる宗教改革」は、理解するのにそれ以上かかるだろうなぁ。歳ばかりとってしまったのぅ。
などと、ずっと反省しながら読んでいたのだけど、こんなところをメモした。

  • カタカナで小さい「ハ」が打てない日本語タイピングは、ユダヤ教およびキリスト教のかたに非常に不便な文化であることを知った。YHWHの発音が打てない。
  • ベースに「五書」(「律法(トーラー)」として編集されたもの)がある。

聖書の「五書」は、人間が生きていくための規範として書かれ、受け取られ、この規範は絶対神と人間との契約であるがゆえに絶対であるとされてきた。いわば一種の律法といえるが、現代的な罪刑法定主義の法律ではない。(20ページ「聖書は歴史的順序で書かれていない」より)

以下は217ページ「ユダヤ教の中の三派の違い」の要約メモ。
 【パリサイ派】会堂(シナゴーグ)と宗教と生活の中心とする。のちのこのディアスポラユダヤ教キリスト教の母体の一つとなった。口伝の律法註解をトーラーと同じ程度に重んじ、これを文書としてまとめたのがミシュナであり、タルムードの中心である。
 【サドカイ派】三派のうちでいちばん保守的。トーラー(モーセの五書)のみ認めるが、「ベン・シラの知恵」はこの派の著作と思われる。
 【エッセネ派エルサレム神殿の権威を否認。死海の沿岸で僧院体制をとった。僧院は本部で、町や村にも散在した。

  • ヨハネって、パタンジャリみたいにいっぱいいる。というか状況がとても似ています。もはや「ヨハネ出版」。

ヨハネはイエスパウロと違って「一人物」ではなく

  1. 使途ヨハネ
  2. ヨハネによる福音書の著者
  3. ヨハネ書簡の著者
  4. ヨハネの黙示録の著者

とあって、2と3を同一人物と見る人もいるが、1と2・3と4は明らかに別人なのだそう。(320ページ「ヨハネによる福音書と書簡の中の二元論」より)



わたしは不勉強のまま中年を迎えてしまったが、インド六派哲学の流れを学んでいたのはこの複雑な宗教を理解するトレーニングにはなったかもしれない。

<29ページ 聖書はたんなる伝承ではない より>
アブラハムであれモーセであれ、文字文化の中に育った人間であるとする見方が最近はとくに強い。私も、そう見るべきだと思っている。
 というのは、ハムラビの法典ができたと推定される年代と、アブラハムがほぼ同時代で、アブラハムはすでにああいう法典ができた時代の人間と思われるからである。もちろんこの点には多くの問題があり、アブラハムの年代をはるか後代に引き下げる学者もいるが、それならばなおさらのことであろう。

コーラン空海さんと同じ時代の書物なので、もう「残す」環境も考え方も整いきったなかで、アブラハムの子とかパリサイ人などの言及が出てきてるのが興味深いのだけど、すでにアブラハムの年代でも文字文化はあったのだなぁ。



<103ページ 旧約聖書はいつ完成したか より>
 第二神殿期はエズラとネヘミヤの帰国で前期と後期と分けるが、これはだいたい紀元前四四四年で、このころにはモーセの五書は完成していた。これが聖書のはじまりといえる。
 では、旧約聖書の最後の書ができたのはいつごろだろうか。それはダニエル書で、その中に記述されているのは紀元前一六七年までのことなので、このころと思われる。

五書はブッダヒッポクラテスに近い年代。わたしの脳内パラレル年表が少し厚くなった。



<118ページ 王といえども契約を守る より>
 以後のイスラエル史は、まるで王と民の契約違反史のようなかたちの展開で、列王紀は、つねに、「ヤハウェの道」を歩まなかった王を糾弾している。このように主権者の糾弾がつづく歴史書も珍しいであろう。

別の本で列王紀のエピソードを平行して読んでいたので、ここはなるほどと思った。インドもバラモンが王よりも上位にあるのだけど、日本人の感覚では「王を糾弾」という国家構造から説明しないとわかりにくい。



<167ページ 「旧約」「新約」と革命 より>
「旧約」「新約」という考え方、契約の更改によって社会を変えうるという考え方は、申命記とエミリヤ書が生み出したもっとも大きな思想であったと思われる。これがなければ、キリスト教も近代もなかったであろう。

このあたりに出てくる預言者(とくにホセア、エミリア)の思想の解説がシビれる。その話はまた後日書きます。このあたりに詳しいリアル知人のかた、お声がけ希望。



<232ページ メシアの出現と復活の思想 より>
黙示文学の大きな特徴は、その内容からいって、法規(ハラハー)よりも語り(ハガダー)を重視する形になって当然であり、そこで、個々の律法を外面的に正確に守るより、むしろこれを統一的な集大成とみて、内面における信仰の重要性に重点がおかれるようになった。

イスラームの「内面への道」同様、興味深い流れでした。この点も追って掘り下げます。



<242ページ 過激派を生んだ温和な辺境ガラリヤ より>
 地図で見るとわかるように、ガラリヤは南のサマリヤと地続きになっているが、ガラリヤ人はエルサレムと往き来するのに、このサマリヤを通るのを嫌って、ヨルダン川の東を迂回した。
 サマリヤは預言者エリヤ、エリシャの時代から偶像礼拝に毒されており、イスラエル宗教の純粋さを失ったとして糾弾され、さらにエズラ・ネヘミヤ時代にはこれと対立し、イエスの時代には、異教の地としていみ嫌われていた。ヨセフスもサマリヤ人は、調子のいいときはエルサレム側につき、調子が悪くなるとすぐ裏切って敵方につくという見方をしている。
 そういう土地にさえぎられ、また山に囲まれたガラリヤは、地理的にもひとつの独立地帯をなしていた。過激思想をもふくめて、独特な思想を生むのにふさわしい土地であった。
 イエス時代には「ガラリヤ人」という言葉は特殊なニュアンスで口にされ、また「ガラリヤ派のラビ」という言葉も特別な意味をもっていたと思われる。
 イエスはそういう土地で育ち、その地に登場し、「ラビ」と呼ばれ、そこを主要な活動の舞台とした。ガラリヤの気候風土が温和だから、イエスは温和な人だったと、簡単にはいい切れない。いわば彼は、当時の人にとっては「ガラリヤ派のラビ」であったのだ。このことは、決して無視できない要素である。

コーランから想像する世界に対して、この説明がとても興味深かった。いまわたしの頭のなかは、かなりぐっちゃぐちゃなんですけどね。



<259ページ イエスに似た人物の同時代の記録 より>
エス時代のユダヤ教には二系統のラビがいた。一つは、律法的ラビであり、その性格はいまの言葉でいえば律法学者に近い。そしてもう一つが、カリスマ的ラビで、イエスについて記されていることは、基本的にはカリスマ的ラビのことである。当時はカリスマ的ユダヤ教もまた、律法的ユダヤ教とともに併存していたが、後にこれはユダヤ教の伝統から消えてしまった。
 カリスマ的ユダヤ教は決して主流ではなく、同時にガラリヤ派もまた主流ではなかった。タルムードにはガラリヤ人への差別の言葉が多く記されており、またカリスマ的ラビは、律法的ラビより一段と低い者のように扱われている。
 これが、おそらくイエスの置かれた社会的位置であり、彼が身を置いたのは明らかにガラリヤ人のカリスマ的ラビである。

「ガラリヤ人のカリスマ的ラビ」という存在の説明があると、なんで急にどこぞの大工さんの息子さんが? という気分がすこしまぎれる。ブッダの場合はその点、とても説明しやすい。出身が理解しにくいカリスマと、出身が王子様で悟った人の組み合わせって、やっぱり最高におもしろいよね「聖☆おにいさん」。



<319ページ パウロ旧約聖書 より>
かつてモーセを通じて与えられた古い契約に対して、イエス・キリストを通じて新しい契約が与えられたという考え方はマルコによる福音書にもあり、新約全般を通じてあるといえるが、旧約を明確にし「古い契約」と定義しているのはパウロであろう。そしてこの考え方は、前にのべたエレミヤの「未来の契約」という考え方に対応するものである。
 この絶対者との契約が更改されうるという考え方もまた大きな影響を西欧に与え、これはキリスト教文化の特質となった。同じ旧約から出たといっても、イスラム教にはこの発想はない。
 このようにパウロは、旧約の伝統を保持しつつこれを新しい未来へ向けて発展させかつ伝えていった人であった。

ただいまホセアさんとエミリアさんとパウロさんと伝道の書の著者さん(謎の人)にハートずっきゅんなわたくしなのですが(基本的に気が多いです、ええ)、パウロさんはとんでもなく頭いいですね。




まだヴェーダウパニシャッドもまともに読めていないのに、聖書って旧約で39冊、新約で27冊あんの。「ヨーガ・スートラはもともと4冊です」を越える衝撃(そもそも量にグッタリ)。しかも、先に読みたいのがまたマイナーなものばかり。「伝道の書」「箴言」あたりがおもしろそう(笑)。新約はスマホのアプリでつまみ読みしているのだけど、流れがわからない。
リグ・ヴェーダに相当する創世記から申命記までは後にして、「なぜ苦しむ」が「なぜ戦う」に似ていてギーターに相当しそうなヨブ記から読もうかなぁ。


わたしが読んだのはオレンジバックスの本だけど、単行本もあるみたい。

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