うちこのヨガ日記

ヨガの練習や読書、旅、生活、心のなかのこと。

若尾文子〝宿命の女〟なればこそ 立花珠樹 著

2015年に発売された若尾文子さんのインタビュー本です。

これが80代の人の受け答えかと思うくらい、やっぱりこの人めちゃくちゃ頭いいんだな……というのがわかる。

 

年齢を重ねながら賢さも進化し続け、ずっと現実を見てる。見ないことにすることも自分で決めている。

年齢と美貌で値踏みされ続ける世界で、職務に没頭し振り返らず走り続け、時代とともに葛藤し、その逃げ先としての各仕事場で苦労を楽しんだ自分を80代で素直に語れるって、すごいことです。

 

わたしは今年若尾文子さんの出演する映画を観まくりました。その恩恵として、こんないいことがありました。

 

  1. 昔の日本の映画監督を知ることができた
  2. 「カメラ」を「キャメラ」と言う人をウザく感じなくなった
  3. 文学作品の楽しみかたの幅が広がった
  4. 川口浩という人物について知ることができた
  5. 母親とギャル同士のように会話が弾んだ

 

1)昔の日本の映画監督を知ることができた

若尾文子さんは膨大な数の、多くの監督の作品に出演されています。

監督ごとにどう扱われたかをサラッと語られていて、小津監督だけはお嫁さんになりたいと思うほど男性として素敵だったとか、仕事の仕方のバリエーションがわかり、業界の企業探索をしているような感覚になります。

 

ネガティブなことは言わず、”ほんとのことしか言わない。それ以外のことは、お察し” という情報の出しかたに、賢い社員のノウハウが詰まっています。

この女優さん、言い方の判断が賢いな・・・と、2ページに1回は思うほど。

 

質問者が人間関係のエピソードを美談として確定させようとしても、「それは誰かが後でそういうことにしたのでしょう。わたしはそうではありませんでした」と、線を引きます。「それは事実ではありません」と誘導に引っ張られないようにしつつ、別のトピックをお返しするサービス精神もある。

夫・黒川紀章氏の選挙応援は女優としてブランディング的に良くないと認識していたけれど、個人としてこういう理由があってやったと、はっきり語られる内容が主体的で、すてき。

初回の結婚についても「仕事しかしてなかったから、結婚について当時は判断力もなにもなかった」という振り返りで、さっぱりしています。

 

80代でこの応対を続けるのは、自動AI状態になっているからに違いありません。自分の判断の蓄積がものすごい安定感を作ってる。こりゃすごいことです。

 

 

2)「カメラ」を「キャメラ」と言う人をウザく感じなくなった

キャメラキャメラなんですよね。だってキャメラなんだもの。

もうわたし、イライラしません。

この本で知ることができる「オープニング・タイトルでわかる映画のスペック」情報がものすごくためになります。こんなふうに、面白く語ってくださっています。

 映画の場合、特に女優にとってはね、キャメラマンに憎まれたら最後です。できあがった作品が全然違う。いま、昔の作品を見直すとき、最初のタイトルに、撮影・宮川一夫と出ると、あ、これは安心だ、と思うんです。製作・永田雅一と出ると、あ、これは大作でお金がかかってると思うんですけどね(笑)。

(第二章 大映映画の女優として より)

ちょこっと小ネタを添えてくる会話のサービス精神がほんとすてき。

 

 

3)文学作品の楽しみかたの幅が広がった

原作を読んでいた谷崎潤一郎の『卍』『刺青』『瘋癲老人日記』のほか、若尾文子さん目当てで三島由紀夫共演の『からっ風野郎』、石原慎太郎原作の『処刑の部屋』、他にも原作者で水上勉『雁の寺』『越前竹人形』、徳田秋声『爛』、山崎豊子『ぼんち』、源氏鶏太『最高殊勲夫人』『青空娘』、吉田絃二郎『清作の妻』、富田常雄原作の『女は二度生まれる』(原作は「小えん日記」)などを観ました。

曽野綾子原作・橋田壽賀子脚本の『砂糖菓子が壊れるとき』なんて強烈タッグの作品もあって・・・。

 

なかでも『清作の妻』は新藤兼人さんの脚本で結末が変えられていて、原作者の吉田絃二郎さんという人物に興味を持ち、別の作品も読んで好きになりました。

若尾文子さんはどれも主演作の原作を読んでいるそうなのだけど、この結末の違いは忘れていたみたい。

 

 

4)川口浩という人物について知ることができた

わたしにとって川口浩さんは、認知した時点でジャングルにいる探検隊でした。

全く俳優さんのイメージがなかったんですよね・・・。

その川口浩さんが、若尾文子さんの映画を追いかけていると、まるでペアのようによく登場します。なんか棒演技っぽい感じなのだけど多くの作品に出演されていて、そもそも若い男の人って感情的に単純で棒だよね、みたいなところがかえってリアルに感じられます。

 

若尾文子さんは、川口浩さんの母・三益愛子さんと『赤線地帯』で娼館で働く同僚を演じていて、息子の川口浩さんのことを、性格的にこだわりがなく映画製作の現場で愛される人だと語っていました。

わたしはここ数年でこういう人間性をすごく貴重と思うようになったので、隊長について再発見がありました。

 

 

5)母親とギャル同士のように会話が弾んだ

わたしが若尾文子さんの映画にハマっている間に母と話をしたら、「かわいいでしょぉぉぉ~」と、いろいろ教えてくれました。

(わたしが薬師丸ひろ子主演映画を観ていたのと同じ感じなのかなと)

 

黒川紀章氏と再婚するの、賢いよねぇ。別世界の大物となら、セキュリティ的にも安心だし」と話したら、「ジャクリーン・オナシスみたいよね」という話に発展したりして。

 

あの時代の人、若い頃から喋り方が上品だよね・・・。と訊いたら、あの時代はみんなああいうふうに早い段階で大人の喋り方に移行してたとか、世代の違いの話が興味深くて。

 

 

  *   *   *

 

 

出ている映画の数がとんでもない数なので、ご本人が「あんまり覚えていない」という作品にも良いものがたくさんあります。わたしは『妻二人』という映画の岡田茉莉子さんとのシーンが好きです。

数年前に公開された現代の物語『あのこは貴族』という映画の原型みたいな女性同士のシーンで、なんかすごくよいのです。

『瘋癲老人日記』『女は二度生まれる』で見られる、山村聰さんとのコントのような掛け合いシーンのコメディセンス、この二人の組み合わせも大好き。

 

若尾文子さんはいろんな作家に会ったり自宅へ招かれたりしていても、精神的には ”自分は映画会社の命令に従って演じるのだから、作家に気に入られてもしょうがない” というスタンス。美しく賢い社員魂が垣間見えます。

なんかこういう、「そこに執着すると本業にリソースが割けなくなる」という見極めがしっかりされています。演技以外の人間関係を売りにしない。

 

 

この本は韓国で再評価が高まった若尾文子さんの映画作品をきっかけにインタビューがはじまったそうです。若尾文子主演作品に見られる明るさと陰湿さの振れ幅が韓国で受けるのは、なんかすごくよくわかる。

この表紙の『青空娘』も大好き。この映画のミヤコ蝶々さんも好きなんだよなぁ(もうきりがない)。