うちこのヨガ日記

ヨガの練習や読書、旅、生活、心のなかのこと。

(再読)インドの光 聖ラーマクリシュナの生涯 田中嫺玉 著

7年前にこの本を読んだ時の感想を読み返したら、サブちゃん×ジョージの関係を想起したとありました。
あれから時は流れ、再読してみて想起したのはジャニー喜多川さん×タッキーさんであり、恵果さま×空海さまの関係でもありました。
なんでそんな感想になるのかは、読めばわかります。読まなければわかりません。どうにもおもしろすぎる聖者の伝記をまた読みました。


この本はヨガクラスに来てくださっていた人が「うちこさんがブログに書いてたあの本、いま読んでるんですけどっ」とあまりにも興奮しながら話しかけてきたので、どんな本だったっけと思い出すために読みました。
いまは初めて読んだ頃よりも独立前のインド史を少し学んでいるので、前半をさらに興味深く読みました。
この聖者の説法の流れで読むと、あたりまえのことが受け止めやすくなるのはなぜ。

死ぬってことをいつも心にとめておきなさいよ。何一つ、死から逃げられないからね。
(第七章『不滅の言葉』の輝き)

なんというか、この前後の流れがいいんですよね…。自然。


再読の間に同時進行でいくつかのハタ・ヨーガ教典を読んだのですが、その後にあらためてこの本を読むと、説明の根拠も教典の教えにのっとって話されていることに気づきます。

神を覚るためには精液を出さないようにすることだ。十二年間出さないでいると特別な力が生まれてくる。体内にメダ神経という新しい神経ができて、あらゆることを思い出し、記憶し──また、あらゆることが理解できるようになる。
(第五章 ラーマクリシュナと身近の人びと より)

どの修行者から教わったのかは書いてありませんでしたが、ここは初回の読書でさらっと流してしまった部分です。

 

ほかにもいくつか初回の読書では気に留めなかった発見がありました。スワミ・ヴィヴェーカーナンダはパーシー・ビッシュ・シェリーとウイリアム・ワーズワスの詩を読んでいたそうです。追っかけで読みたくなりました。
訳者・田中嫺玉さんのファッションも、初回の読書では完全に見落としていました。扇千景さんに負けぬ、麗しいグラデーション・メガネの着こなし。カバーにカバーをつけて読むと、こういう見落としが起こります。

この本はどんなに真面目な志で読もうとしても最終的に明るい気持ちになる、すばらしい本です。