うちこのヨガ日記

ヨガの練習や読書、旅、生活、心のなかのこと。

イスラームの日常世界 片倉もとこ 著

これまでイスラームを有名な宗教のひとつだと思っていて、中東のニュースにいまひとつ理解が進まない原因も、ここにありました。「イスラム教」という名前で認識し、戒律の厳しい古い宗教のようなイメージを持っていた。
でもムハンマドって三蔵法師と同じくらいの時代の人で、そう考えると、ブッダやイエスの宗教や思想の歴史の中では「最近」の部類になる。
この本は、文章もタッチも視線もとてもここちよく、イスラームについて教えてくれる良書です。
この本には、人間観を整理した、とても分かりやすい図が登場します。この図を見るためだけでも買う価値のある本で、そこには、「日本社会の性善説の構成」「近代西欧社会の性強説」「ムスリム社会の性弱説」が書かれている。


いま漠然と「なにかがエスカレートしていく社会への怖さ」を感じている人は、読んでみたほうがいい。社会への視野が近視眼的になることで、自分で自分を苦しくしていることに気づかされます。

<33ページ 人間にやさしい法 より>
 イスラーム法は、きびしさより、むしろ人間に対するやさしさをもつものであり、弱い人間たちの「努力目標」という意味あいをもつものだといわれる。

次の引用を読むと、わかります。

<25ページ 人間は弱いもの より>
 人間が弱い存在であることを、いさぎよく認める。人間は、本来善でも悪でもないが、弱い存在ではある。したがって誘惑にまけやすくなるような状況をつくらないことにする。不特定多数の男女が肌をみせて接触していると、弱い人間のこと、乱れるにきまっているから、男も女も、手首、足首までの長い衣服をつけることにする。性的誘惑に対しては、男は、とくに弱いから、女は、髪の毛もおおう「ベール」をつけて、弱気男性をまどわさないように協力する。
 かれらは、人間が強いものとは認識していないから、結婚のときに、「お互いを永遠に愛します」などと、結婚する本人たちに誓わせたりもしない。

仏教では、大乗と小乗の境界を「仏陀は欲を認めたか否か」とする考え方もあるとされます。この視点で言うと、イスラームは「ものっすごい大乗」で、親鸞の思想にも通じる。「誘惑にまけやすくなるような状況をつくらないことにする。」というシステムを端的に外側からの見た感だけで「厳しい戒律」とするのは、自分の価値観がすでになにかにマウントされているようにも感じ、そこに気づかされる。
著者さんが、あとがきで指摘している。

<224ページ あとがき より>
 放っておけば、西洋的教養ばかりで、いっぱいになってしまう雰囲気が、日本にはただよっている。そのうえ、それだけど、絶対で普遍的なものとしてしまう傾向もある。

「そのうえ、それだけど」は、マウント以前の気質かもしれない。和の心が、従順すぎることに転化すると、こうなる。

<15ページ イスラームと西洋 より>
 「日常生活で経験することのできる世界をこえた存在に対する信念体系が、宗教である」と、「宗教」について定義されるのが、一般的である。これにしたがうと、イスラームイスラームであるとされる。政治、経済、社会、文化など、人間のあらゆるいとなみに関係するものなのである。しかも、特定の人間ではなく、地球上の人たちすべてのものであキリスト教や仏教と同じように、もちろん宗教である。しかし、イスラームは、「宗教」という言葉に、どうもぴったりしないといわれる。なぜならイスラームは、その信念体系のうえにきずきあげられる生活の全体、文化の相対をさすものだからである。
 多くの宗教とは異なり、人間の精神の救済や心の問題にだけ重要性をおかない。心もふくんでいるが、からだも問題にするし、人間が生きていくうえの、すべてのこととかかわるのがるとする。

まえに「はじめての刑法入門」を読んだとき、イスラム圏の国々の規範は理想的な姿をしている。なぜなら宗教上の規範と、法律と、そして道徳や慣習はほぼ一致し、重なり合うからだ」という引用があって、そこからイスラーム社会への関心が深まりました。前半に語られるこの考え方の解説が、この一冊の軸になっている。すばらしいまとまり。ほかの著作も読んでみたくなりました。

<115ページ 断食はつらいもの? より>
 毎夕の断食解除の食事は、ふだんあちらこちらにちらばっている親族が、再会を楽しむ機会にもなっている。親族だけでなく、オープンハウスのように、面識のない人の家にも、アポイントメントなしで訪問してもよい。みんなが社交的になる断食月は、友だちの輪が広がるときであり、人と知りあうチャンスでもある。「断食月は、人と人とをくっつける、のりみたいな時期」と表現する人もいる。みんながやさしい気持ちになるときだという。断食月には囚人も特赦にあずかるところが多い。

仏教やヨーガとは圧倒的に違う、断食のこの感じ。
以前インドで、なりゆきでムスリムの人の断食明けのパーティに呼ばれたことがありました。(そのときの日記。最後のエピソードがそれです)ああ、こういう感じであったのかと、今になって知った。


合理的であることで、幸せになれるかな。人との繋がりが便利になって、幸せかな。それって、オープンかな。
三大宗教の中では格段に若いイスラーム。この本の中には「アッラーのもとではすべてが平等であるがゆえに、(権威でマウントするやりかたが成り立ちにくいから)政治がうまくいかないことがある」ということを、著者さんがやさしい言葉で解説されています。
自分で学んでみようと思う人は、ぜひ読んでみてください。

イスラームの日常世界 (岩波新書)
片倉 もとこ
岩波書店
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