うちこのヨガ日記

ヨガの練習や読書、旅、生活、心のなかのこと。

チベットの聖者ミラレパ エヴァ・ヴァン・ダム 著/中沢新一 訳・解説

この本はどうしても読みたくて、古書で買いました。絵本でもなくコミックでもなく……、「チベット仏教アートコミック」というのがいちばんしっくりな感じです。
久しぶりに「うっとりするような至福のお買い物♪」という気分を味わいました。よく考えたらその前の至福のお買い物は、映画のビデオだったかもしれません。ジャニーズや韓国男優に夢中になる人たちの気持ち、ちょっとわかるような気がします。
中を開いたら、夢のひととき。うっとり。アートワークはエヴァ・ヴァン・ダムさんというオランダ生まれのアーティスト(女性)。地獄絵っぽいのに、おっしゃれー!


以下は巻末の解説からの引用です。
これまで中沢新一さんの本を何冊か読んだことがありますが、この解説の文章を読んで少し印象が変わりました。句読点が多く、情緒的。
以下、解説「魔術から法仏へ」より。

 マルパは、じつに魅力的な人物である。若いときには、とても怒りっぽく、乱暴者だったそうだ。それに世俗の才覚にもけっこうたけていて、土地を買い集めたり、うまく商売をして、大地主としての財産を蓄えていた。
しかし、彼の本領は、密教(タントラ仏教)にあった。彼は語学の才能にもめぐまれていたので、それを利用して、何度もインドへ旅をして、有名な密教のグル(チベット語ではラマ、先生のこと)のもとで、これまでチベットに伝えられたことのない、新しいタイプの密教の習得に、精を出したのである。マルパは自分の全財産を投じて、それらの密教を学んだ。

これを読んだあと、「映画版ミラレパ」のマルパ師匠の俳優さんは、なかなかよかったのではないかと思いました。


 マルパがミラにあたえた、さまざまな試練は、サディスティックで、ちょっと異常なほどだ。ここには、イニシエーションの儀礼の古代的な記憶が、投影されている、と私は思う。古代的なイニシエーションの儀礼では、象徴的な父親の役をする「長老」や「先生」が、若者にたいして、理性への心理的な依存から、切り離すのである。この試練は、できるだけ不自然で、不条理なものである必要がある。それというのも、イニシエーションは、若者を女性的な世界の自然さから切り離して、男性的な文化的世界のほうにひきもどすために、おこなわれるからである。
 マルパはミラの心理の中に、母親的、女性的なものへの依存を発見している。ミラをブラックマジックの道に誘い込んだのは、じつは母親であり、ミラは、その母親の歪んだ欲望を果たすために、立派なブラックマジシャンとなって、人々に不幸をもたらすわざをおこなったからである。ブラックマジックは、自然のもつ両義牲から、悪の力をとりだすわざだ。ミラの場合には母親への心理的依存が、彼を自然のもつ悪の力に、染まらせることになったのだ。だからミラの魂を浄化して、正しいダルマにむかわせるためには、古代のイニシエーション儀礼のように、ひたすらに不条理な試練をあたえて、彼の精神を自然への依存から、切り離す必要があるだろう。
 マルパは、徹底してサディスティックな試練を、ミラにあたえた。そして、ミラは信じられないほどの帰依と献身によって、ばかばかしいほど不条理なこれらの試練に、マゾヒスティックに耐えたのである。この過程で、マルパの妻の賢いタクメマが、重要な働きをしている。彼女は、ミラに真実の同情をしめして、ときには無慈悲な夫を責めたり、だましたりして、かわいそうな若者を助けようとしたのだ。彼女の存在によって、試練の過程の不自然さに、ナチュラルな救いがもたらされている。私はここに、チベット人の非体育会的な、じつにバランスのとれた精神のあり方を発見するのである。

最後の一文がいいです。「女性的な世界の自然さから切り離す」という表現も、グッときました。

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<2019年3月追記:ここはのちにわたしの見かたが逆転しました>
uchikoyoga.hatenablog.com
(2019年3月追記ここまで)
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 ミラレパ(レパというのは、木綿の衣だけをまとって修行する人の意味で、ツンモのヨーガに巧みなミラは、冬でもそのかっこうで過ごしていた。
そののち、彼のあとを追って修行する人々が、伝統的な師のかっこうを真似して木綿衣だけで過ごしたため、レパと呼ばれるたくさんの修行者たちが、出現することになる)は、自分の寺をつくることもしなかったし、また自分のまわりに弟子を集めて、強力なセクトや教団をつくることも、しなかった。彼は生きている間、ざまざまな瞑想場を転々としながら、すがすがしい単独者として、その一生を過ごしたのだ。

「すがすがしい単独者」って、かっこいいんですもの。だいたい。

 ミラレパの詩は、どれも面白いものばかりだ。悟りの境地を歌うのに、彼はむずかしい仏教用語なんかを、まったく使わない。チベットの民衆が、いつもしゃべっているような言葉を、言い回しをそのまま利用して、それを高度な思想の表現につくりかえてしまっている。こんなことは、めったなことでは実現できないことだ。ミラレパの詩は、その意味でも、世界の思想史の中でも、希有の現象なのである。

ミラレパの詩は、過去に紹介した「ミラレパの足跡 ― チベットの聖なる谷へ」の中でいくつか引用しています。


この解説を読んで、マルパの印象もずいぶん変わりました。
そして絵が「とってもチベット人」な感じなのもよかったです。


▼過去にミラレパについて書いた日記
チベット聖者の教え エリック=エマニュエル・シュミット 著
⇒そのまんま伝記。一家に一冊!

ミラレパの足跡 ― チベットの聖なる谷へ 伊藤健司 著
⇒詩の引用などを織り交ぜながら、伝記と旅行記が同時展開する面白い構成。

神秘家列伝 其の壱 水木しげる 著
水木しげる先生のマンガで読める! ミラレパさんが日本人ぽい!

ミラレパ(1973年のイタリア映画)
⇒思わず黒魔術の教えが魅力的だったりする映画版。

聖地チベット展(上野の森美術館)へ行ってきました
⇒ミラレパ像が来日したのですが・・・

投影された宇宙 マイケル・タルボット 著(後半)
⇒399ページの「夢時間への回帰」という箇所に登場。

人間の頂 「生きる」意味を求めて 野口法蔵 著
⇒190ページの「自分の人生は誰にも頼らないで生きていく」という箇所に登場。