うちこのヨガ日記

ヨガの練習や読書、旅、生活、心のなかのこと。

東大で上野千鶴子にケンカを学ぶ 遙洋子 著

仕事仲間が貸してくれました。
言葉の力を格闘技仕立てで書いた本。タイトルはそんな側面からのキャッチコピー、くらいに思って偏見なく食べてみた方がいい。
そんな面白みを味わいながら、楽しんで読んだらいいと思います。
今回もいくつか、引用紹介します。

<81ページ 安田講堂がみたもの より>
職業は一人の人物を観察しているだけではその特徴を把握しにくい。パーティは職業別カテゴリーを凝縮してみせてくれる。
で、学者のそれはどうか? 初めて招かれた、学者たちが集まるホームパーティ。
一度、上野教授をパーティに誘ったが、
「私の人生の貴重な数時間を他人に気遣う時間で消費したくない。」
と断られたことがある。
「私は食事は五人までよ。」
その人数が、会話が成立する限界だそうだ。なるほど。

わたしも内心同じことを思っているのだけど、ここまでハッキリ言いません(笑)。
なので、集まっても多くて4人。興味を持って話を聞ける許容量がそのくらい。

<117ページ 難解な文章の克服法 より>
世の中には、十回読んでも理解できない文章がある。でも、なかには二、三の平易な論文もある。これも事実。
これはいったいどういうことか? そこでもやはり上野の言葉に励まされる。

 社会文学の文体は「難解」であってはならない。(「<わたし>のメタ社会学」)

と、断言するところから、この「難解」を、私だけがもてあましているわけではないことがうかがえる。この「難解」さを上野はこう位置づける。

 その文章が「難解」であるとすれば、たんに悪文であるか、それとも書き手自身にとって未消化なことがらを書いているからにすぎない。「難解さ」は社会科学の記述にとって何の名誉にもならない。(同前)

普段の仕事で「未消化発信」を受け取ることが多いので、思うことはいろいろあります。

<320ページ あとがき より>
抑圧する言葉がなぜそのように機能するのかを知ることで、それはもう抑圧効果を、少なくとも私に対しては失いました。
誹謗中傷する言葉がなぜそのように成立するのかを知ることで、それはもう武器としての威力を、私に対しては弱めました。
強くなるということは、言葉に振り回されない自分を作るということ。
そのための社会学だったと今では理解できます。

後で謝りに来られるくらい、「抑圧する言葉」に出会うことがあったとき、「こんど食事でも」って言われるのがいちばん面倒。


女性が読んだら痛快な本であるとは思いますが、危険な本でもあるかもね。「トリオリズム」とセットで読むといいかもしれません(笑)。

東大で上野千鶴子にケンカを学ぶ (ちくま文庫)
東大で上野千鶴子にケンカを学ぶ (ちくま文庫)遥 洋子

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