昨年4月2日の日記で「7つのチャクラ」、8月23日の日記で「チャクラで生きる」、11月19日の日記で「第8のチャクラ」の感想を書きましたが、これが同著者の4冊目。
今回はすこし趣向が変わっていて、著者のホームページに寄せられた不思議な出来事のメールを紹介しながら書かれています。ちょっとラジオっぽい。(まっさんのNHKの番組風でもあります・・・)この本は、「親切のエピソード集」として、初めての人にも読みやすい内容になっています。
今回も著者の解説部分の中に、日々感じるいろいろなことと重なるものがあったので、少しだけ引用します。
<32ページ「恩寵と直感、そして力」より>
自尊心がなければ、どんな行動にも私情が入り込むことになる。精神的に不安定な人は、他者はだれでもライバルだと考えるため、人を助けることができないわけではないのに、それをむずかしいものにしてしまう。
仕事の関係者同士がこうゆう状況に陥ってこじれている案件の絡んだ糸を「ほどいてこい」とばかりに投入される場面は大変です。その関係の原因はそれぞれの人生に充実感がなければ解決できないから。こうゆう場合は、関わる個人から目をそらしていただいて、解決すべき「案件」だけに集中させないことにはどうにもならない。そこに集中できれば奉仕の精神も生まれてくるはずなんだけどなぁ。
<40ページ「恩寵と直感、そして力」より>
人は自分が何をもっているかということより、何者であるかということに満足したいと思っている。しかし、自尊心が得られないかぎり、社会的、霊的につねに無防備な状態になるため、内なる力よりも何を所有するか、どのように権力を行使するかに夢中になってしまう。つまり、外界と他者をどれほどコントロールできるかを成功の尺度にしてしまう。
道場で師匠がよくいう「自分をコントロールできなきゃダメよ」のことですけれども、ヨガも仕事もそうですね。「内なる力」が最大の武器であることに気づくことができない人の相手も修行です。
<71ページ「目に見える力から目に見えない力へ」より>
(引用された名言)
何にでも教訓がある。問題は見つけることができるかどうかだ。 〜ルイス・キャロル〜
これはいつも心においておきたいひとこと。
<177ページ「自尊心の贈り物」より>
(引用された名言)
自分の時間を人に与えなさい。どんなに小さなことでもいいから、人のために何かをしなさい。お金にはならないが、そうすることが自分の誇りになるような何かを。 〜アルベルト・シュヴァイツァー〜
これは私の課題。
<257ページ「選択の贈り物」より>
勇気とは、単にだれかに何かをいったり、何かを認めたりしようとすることではない。誰かを誤解していたことを認め、その人が一人前になるように最後まで支えることも、勇気を必要とする。
この「勇気」とは「自分の時間を犠牲にすること」「相手に勘違いをさせてしまうかもしれないリスクを負うこと」の2つの読み取り方において身につまされましたが、「誤解していたことを認める」というのは勇気以下と思います。
キャロライン・メイス氏の本は、はじめは「チャクラ」というヨガに関係する言葉をきっかけに手にした本なのに、気がついたらハンドルとギアを正しい状態でコントロールすることに欠かせないシリーズになっていました。普遍的なことだから、多くの人に読まれているのですね。
★キャロライン・メイス氏のホームページ(英語)