うちこのヨガ日記

ヨガの練習や読書、旅、生活、心のなかのこと。

梅原猛の授業 仏教

京都の洛南中学の三年生の授業で話されたことを書籍にしたもの。授業は12時限目までがひとつひとつの章になっています。中学生に向けて著者が話された内容なので、本当に授業を受けているような感覚で読めます。
今回も「心に刺さったことば」のメモが多いのですが、いくつか紹介しますね。

<70ページ「釈迦の人生と思想を考える」より>
西洋の聖者は二人とも殺された。これは重要なことです。ソクラテスは70歳で毒を飲んだ。イエス=キリストはまだ20代か30代前半ではりつけにされて殺された。ところが、東洋の聖者はそうじゃないんです。釈迦は涅槃で静かに死につく。孔子さまも畳の上で死んだ。これは西洋の思想と東洋の思想を比較する上で大事な視点だと思います。
西洋のほうは、どこか怒りの思想がありますね。聖者を殺した人間に復讐しようとする怒りの思想がある。東洋のほうはもっと安らかです。ある意味であきらめの思想、悲しみの思想があります。

以前、生きる自然環境と宗教の関係を本で読んで「なるほどな」と思ったことがあるのですが(「日本人なら知っておきたい神道」の感想参照)、これについても戦争の歴史などを思いながら「なるほどな」と思いました。

<73ページ「釈迦の人生と思想を考える」より>
親鸞は人一倍愛欲の強い人だった。ムラムラして念仏ができない。それで京都の六角堂の救世観音に参籠して祈ったら、観音さんが、私が女の姿になってお前の奥さんになって、一生お前を幸せにしてやる、と言った。それで親鸞奥さんをもらった。妻帯を公然と主張したのは親鸞上人ですね。親鸞ですらムラムラするんだから、君たちがムラムラするのは当たり前だ。

この著者(講師)はこのときお孫さんがこの学校に在籍していたそうなのですが、なんてチャーミングな! うちこはなぜか不謹慎なことに、「夏・体験物語」の吉幾三を想起してしまいました。

<127ページ「生活に生きる仏教の道徳」より>
ぼくはぼくで煩悩がまだいっぱいあるんだ。それを断たなくちゃならない。これは大変なことだよ。一生、煩悩との闘いがある。けれども、あんまり煩悩を断ってしまうと、今度はエネルギーがなくなってくる。煩悩を超えなくてはならないけれども、むしろ煩悩をいい意味で利用していく。それが大切です。

最近まで完全菜食をしていた師匠が、「エネルギーがでてこないネ、困ったネ」と、まったく同じ事を言っていました。聖人に近い人の、チャーミングかつ人間的な教えは、人の心をやわらかくしてくれます。

<257ページ「現代の仏教はどうなっているか」より>
宮沢賢治の詩を引用、解説の後)この賢治の批判は実に正確です。宗教は疲れている。現代の仏教の現実は、まさに賢治のいうように疲れているという一言で表現できます。そして人間も宗教より科学を信ずるようになった。科学は冷たくて暗い。そのことが賢治の時代より、いまの時代になって一層はっきり分かってきた。科学は冷たく暗い。あの核兵器という、人類を滅ぼすかもしれないような兵器をつくったのも科学なのです。科学はひょっとしたら人類を滅ぼすかもしれない。

宮沢賢治についての興味が深くなりました。


このほか、章全体が面白かったのは、生徒たちが宗教の必要性についてディスカッションを行った授業の記録「討論・人生に宗教は必要か」。これが非常にレベルが高く、面白い。以前「しゃべり場」なんて番組がNHKで放送されていましたが、あんな感じ。本当に読んでいて引き込まれました。頭のいい子(心のいい子、かな)たちなんです。おばちゃん感心しちゃいました。

そして、最終章の12時限目は、ニューヨークとワシントンで同時多発テロが起きた1週間後に行われた授業で、非常に興味深い内容です。「いまこそ仏教が求められている」という章。戦争と宗教の歴史を学ぶ機会が、こんなタイミングで与えられたこの学校の生徒さんを本当にうらやましく思います。

この本、仏教に興味を持ちはじめためた人には、とっても読みやすいのでおすすめです。興味はなくても、もちろんためになる書籍。毎日通勤中に授業を受けながら、とても充実した数日を送ることができました。