うちこのヨガ日記

ヨガの練習や読書、旅、生活、心のなかのこと。

過去世/鶴は病みき/東海道五十三次/鮨/老妓抄  岡本かの子 著

ずっと気になっていた作家の短編を5つ読みました。

どんな文章を書く人なのだろうと思っていたら、他人からの伝聞形式を入れた小説はものすごくうまく、語り手の立場に自伝的要素の多い小説は意地悪さがあって、どれも妙なインパクトがあります。

 

具体的には、自分が見てきたセレブの交流を描いた『鶴は病みき』を読んだ時に、下世話な興味・関心を刺激して読ませるベースの上に絶妙な内面吐露があって、暴露系Youtuberみたいだなと思いました。

いっぽうで、『鮨』という小説を読んだあとに残る「こういう出会いと別れって、あるよなぁ」という仄かな余韻はどう考えても名作で、どういう振れ幅?! 

ひとつずつ、ちょこっと感想を書きます。どれも青空文庫で読めます。

 

過去世

初めて読んだのがこの短編でした。思わせぶりな書き方で話を引っ張っていく設定が絶妙なうえ、若い頃によくある “男子同士が女子のいる前で行う行為の陰湿さ” を緻密に描いていて惹きこまれました。

時折さっと主眼の持ち主の経験が差し込まれ、鈍感なふりをして過ごしている女子の視点がこのように暴露されます。

雪子の細胞には、他人のさういふ仕打ちの底の心理を察して羨むだけの旧家育ちの人間によくある、加虐性も被虐性も織り込まれてゐた。

「プライドと性エネルギーを拗らせちゃって大変そうだなー」みたいな視点。

その視点は、どういう高み?(笑)と思うのだけど、いま世間で騒がれている少年的芸能事務所の問題について「それもありつつ、男性同士のじゃれ合いを楽しそうに見せて共同幻想を売ってきたのもあなたたちよね」と思うときの、あの感情と似ていました。

 

 

鶴は病みき

元祖暴露系Youtuberだわ、と思う内容でした。

「俺あいつのあの時のこんな話、知ってんだぜ」と内部事情通である自分の立場を誇示せずにいられない人間の業、ギョーカイ人の職業病を感じます。

モデルが芥川龍之介で、主人公の名前は麻川荘之介。明らかにその人だとわかるように書かれたエッセイです。

ほかにも登場人物には谷崎潤一郎菊池寛川端康成岡本一平(著者の夫)が含まれ、周辺の女性たちが作家をヨイショしたり、互いの美をディスったりしています。『痴人の愛』のナオミちゃんのモデルになった谷崎潤一郎の姪まで登場させ、人の関心を惹きつけながら交友関係を綴っています。

 

まるでリアリティ・ショー、あるいは暴露系Youtube

亡くなった後にそのプロセスまでこんなふうに消費されるって、芥川龍之介はものすごく魅力のある人物だったのだろうな。

そう思うと自分で自分を暴露してしぶとく生き抜いた島崎藤村は、他人に書かれる前に自分で書いたのか。そのくらい、この時代の文壇世界の抜き差しならない感じが伝わってきました。

 

わたしは宇野千代さんが書くような「こんなの絶対ピロー・トークじゃなきゃ聴けない話じゃん……」という取材話が好きなので、タイトルも直球すぎる『鶴は病みき』はワイドショー的に感じるけれど、再生数がすごそうなのは確か。

 

 

あわせて読みたくなり、こちらも再読しました。

 

東海道五十三次

東京から静岡へ向かう電車の中で読みました。

そのとき電車が走っている場所が同時進行で小説の中に出てきたりして。

短編なのですぐに読み終わりました。東海道の宿場町を介した人々の出会いが描かれていました。そこにちょっと差し込まれる、やり残したことへのささやかな思いとか、空虚感とか、そういうのの書き方がふわっと心に残りました。

 

 

これは傑作すぎませんか! というくらい、ぎゅーんと心がつねられたりほぐされたりして、ノスタルジックが止まらない話でした。

女の子は子供の頃から、粋なおじさんと無粋なおじさんを振り分ける観察をしています。そう、誰もが。その眼は視界からおじさんが絶滅するまで続くもの。それはたぶん、生物として必要な技術。

それが鮨屋の娘の視点となれば、おもしろくないわけがありません。

人間を区別して露悪的に書くようなことはなく、そこはしっかり抑制されていて、無駄なく磨きこまれています。

わたしは潔癖症ではないけれど、子供の頃に喘息や食物アレルギーで苦しんだので、この話に出てくる親子のエピソードには、どうにもぎゅんとくるものがあります。

 

 

老妓抄

草食男子っていっけん涼しげでいいイメージだけど、覇気のない人って性別に関係なくずっと近くにいたらしんどいもの。覇気はなくてもエゴはちゃっかりあるのでね。

そういう存在を呆れるでも斬るでもなく流す老妓が味わい深い。まー、大きいペットだしな~くらいの軽さ。「人のよい大きい家畜」と書いてるのがじわじわきます。

著者は男妾をふたり持っていたらしいので、宇野千代さんとはまた別のパンチがあります。

 

どの話もラストがキュッと締まる。この感じがかっこよくて、ちょっと癖になる。

短編をちまちま読む楽しみができました。