映画「教祖誕生」を観てその原作を読んで、名前だけ知っていたこのエッセイを読みました。
知っているけれど読んでいない有名なエッセイって、たくさんあるんですよね……。窓際のトットちゃんも読んでいません。
ビートたけしさんは、わたしの親世代です。ドラマになったのは知っていたけれど見ていなくて、わたしは当時の著者の考えを理解するにはまだ子供でした。
でね、いま読むと、なんとまあすごくいいんですこれが。ご自身で描かれている挿画も素晴らしくて。
ずっとテレビに出ている人だから、ほとんどの人が本人の声と喋り方で文章を脳内再生することになると思うのだけど、自分の経験の中に混ざる客観的な視点の配分が絶妙で、語りは一人称なのに、そこに入る状況説明・時代の描写に味わいがあります。
ただ同じように泣きたくなる景色をわたしも知っている。知っているな……と思ったときにはもう涙が出てる。
子供には親を誇らしく思いたい気持ちがある。そういう気持ちが少しずつ綴られていくのだけど、文字を書けなかったお父さんの息子が高学歴に育って、お父さんはそれが自慢。それを実現したのは勉強するように仕向けたお母さんで、お母さんは息子たちが父さんのようになってはいけないと思っていて、そんなお母さんを、お父さんは殴ってる。
息子はマザコンで、父親のことはやっぱり少し軽蔑してる。軽蔑しながら哀れんでいます。
父親の釣りの失敗談のあとに、こんな視点が綴られています。
だけど、なんかおやじがそのヘラブナの浮きとかさぁ、そんなもんでも一生懸命つくっている姿は、うれしかったよね。
酒を飲む以外に道楽を持っているってのが、なんかほっとしたっていうか、よかったっていうかね。そんな感じしたなぁ。
酒飲んでるってことはさ、つまんないことがあるからなんだなぁってね。ようするに酒飲んでるってことは、面白くないわけじゃない。本人が好きで飲んでるんじゃないんだものね。
それ以外になにか興味をもつってことに、ほっとしたんだよね、俺は。
(ヘラブナ釣り より)
ほっとした、よかった、うれしかった。という言葉は当時の子供のときのまんまで、「本人が好きで飲んでるんじゃないんだものね」のところは大人の視点。
不安な状況に対して他から借りてきた論理で正義を振りかざさない、そこで確実にブレーキを踏める人のやさしさって、「一体どうなっちゃってるんだろう?」という疑問を保留にし続けられる胆力でもあるんですよね。そりゃみんな惚れる。
フライデー襲撃事件の後と判決後の記者会見を見ると、考え方が変わった部分を自分の言葉で話していて、そりゃみんな惚れる。(←大事なことなので二回言いました)
昭和の戦後の日本の暮らしがわかるのも、すごくよかったです。
数年前に、まさにたけし世代の母とインドの地方で古いホテルに泊まったときに、網のアコーディオンみたいなカーテンの後ろにエレベーターと入口があることに気づいたり、ディーゼル車で渋滞した道のすごい匂いにハンカチで口を覆いながら文句を言うのかと思ったら「懐かしい」と言っていたり、そういう場面で昔の記憶を教えてもらうことがありました。この本を読みながら、そのときと似たような気持ちになりました。
そしてね。冒頭にも書いたのだけど、絵がいい。すごくいいんです。
おすすめよー。