うちこのヨガ日記

ヨガの練習や読書、旅、生活、心のなかのこと。

春 島崎藤村 著

精神のコンディションの安定した日を選んで、約一年半かけて読みました。
『春』というタイトルなので昨年2021年の冬に読み始めたのですが、これは春に読んだらメンタルやられるやつだ……と序盤の2割くらいのところで気づき、季節をずらして晩夏と秋に読み進め、そこでなんとか前半をクリア。後半は2022年(今年)の春に読み終えました。

 


ものすごく時間がかかったのは、あまりにも濃すぎたから。
前半は明治時代のボーイズ版SATCといった趣で、青年たちの痛い行動と会話がいちいち手に取るようにわかる。インテリ男子それぞれが恋をして、悩んで、ひとりは若くして妻子を持ち、精神の沼に堕ちていく。
全体を通した主人公は島崎藤村をモデルとした岸本捨吉で、島崎藤村が30代半ばになってから、20代前半のことを題材に書いています。

 

前半の事実上の主人公は親友の青木(モデルは北村透谷)で、この人物の心理描写がものすごく、気持ちがダークサイドへ引っ張られる。
懐中電灯がなかったら無理だろ……と思うほど暗い精神の地下階段を、どこまでも降りていく。普通の精神だったら絶対に無理なところまで、島崎藤村は寄り添うように書いています。

 

と同時に、虚栄心もしっかり描写しています。ところどころに差し込まれる ”思考力がありすぎる俺” の描写がリアルで、この沼に両足を突っ込みながら見栄が同居したら、もうそれ絶対に壊れるやつじゃん・・・、と、そんな精神状態を、ねっとりじっくり書いています。
恐ろしい。だけど、なんかPOPでもある。このPOPがまた怖い。
J-POPって、なんか歌詞がときどき怖いときがありますよね。あの怖さを20倍にした感じです。
この小説を読みながら何度か、島崎藤村竹内まりやって、なんか似てる! と思いました。「MajiでKoiする5秒前」も「けんかをやめて」も同じ人。この振れ幅に近いものが、この小説のなかにある。

 


「けんかをやめて」という展開はないのだけど、三人の心を弄んでいるかのような女性の思考が描かれている箇所がありました。

 例の鼠色の肩掛に深く身を包んで、車を急がせている勝子の胸には、今、三人の人がある。一人は許嫁の麻生、一人は病んでいる森下、一人は岸本である。時とすると、勝子は博愛というようなことを考えて、この三人を同じように待遇(あしら)おうと思い煩うこともあった。勝子に言わせると、自分は親の意(こころ)のままに定められたものである。それが自分の運命である。友達として長く交際(まじわり)を続けるというより外に、岸本に対して自分の執るべき道が見当たらない。どうかして自分等はその方向に進みたい。一生の友達 —— 何という楽しい思想(かんがえ)だろう。これが前の夜に一晩かかって考えつづけて、最後に落ちて行ったところであった。勝子は車の上でもこの思想を繰返した。
(七十 より)

車の上と書いてあり、馬車か人力車の中で女性がこのように考えている。 —— というのを、自分が彼女にとって本命であるという自負のもと、岸本自身(島崎藤村自身)が書いている。ああややこしい。

 


わたしの日常で、少し前にこんなことがありました。
少し若い女性とドライブをしているときに、彼女のタブレットAmazon Musicから「けんかをやめて」が流れてきて、「この歌詞のオタサーの姫っぷり、やばいですよね」と言われて、「確かにサークル・クラッシャーの歌だね」と話しました。
が、同時に河合奈保子バージョンをリアルタイムで知っていたわたしとしては、あの時は、なんかアリな感じだったんだよな……とも思う。アイドルがわかりやすく「良い子」だったから。という回想が走りました。
その時と同じように、この小説も読める。明治時代の話なのに、なんかこういう感じで読めてしまう、クセのない整った文章。すごいよ島崎藤村

 


表現も、妙におもしろいものがいくつかありました。
岸本は周囲からこう見られていると書いています。

ある人に言わせると、岸本がツレナく見えるのは、あれは思わせ振りである。この思わせ振りという評をどう勝子は信じて可いか解らなかった。しかし岸本がツレナく見えるということは事実であった。毎時(いつも)岸本は木で鼻をかんだような手紙ばかり寄(よこ)す人であった。
(六十九 より)

異性をもてなす行為を負けだと思っている幼稚さがあることを、自分で “木で鼻をかんだような手紙” と表現するのが、なんかいかにも昔のシャイなインテリ日本人! 
ほかにも、当時の人の意地や見栄や差別感情が垣間見える、よくよく読むとめちゃくちゃ正直な心情吐露が出てきます。
鼻セレブ」なんて商品名のティシュペーパーが売られる現代の感覚で読むと、この不器用さの客観描写はかなり新鮮に映ります。

 

 

家父長制ごりごりの時代。明るい会話が印象に残る岸本家

さて。

この『春』の感想は、暗く書こうと思えば、どこまでも暗く書けます。
男性たちは義務を背負って疲弊し、女性たちは名前に漢字を当てられる事もなく、正式なフルネームで呼ばれる事もない、社会の中で個を認識する機会がない生活をしています。
親族の負担を男性たちが、プレッシャーで押しつぶされそうな青年時代を送っています。

 

なのですが、これは『家』という小説でも感じたのですが、家庭内での会話や食事の場面に独特の明るさがあって、そこが救いといえば救いです。

叔母は下女を呼んで胸当の紐を解かせた。それから、臥床の上に横に成って、疲労したような深い溜息を吐いた。
「捨さん、シャツの鈕釦(ボタン)だけは掛けておいでなさいよ。そうしてると、何だか余計馬鹿に見える」
 寝ていても気は休まらないという風で、叔母は岸本の急所を突くように言った。岸本は胸の鈕釦を掛けて、苦笑いした。
(五十三 より)

これは、岸本捨吉がお世話になっていた家の叔母さんとのやりとりです。

しんどい日常の中に寅さんの世界のような会話のやりとりが入る。独特の懐かしみがあります。

 

 

「母親さん、今日は塩断ちですか」と岸本は飯をやりながら言った。
「あい」と母親は答えた。馬鈴薯に白砂糖を添えて、それを母親は菜にして食べている。こうして身体(からだ)を苦しめるのが子を思う母親の信心であった。岸本がそれを心配しても、昔風の母親は聞入れなかった。その日の混雑(ごたごた)で、夕飯は例刻(いつも)よりも遅かったのである。三輪名物の蚊が襲って来る頃には、物を食うさえ熱苦しい。夕立が落ちて来た。
(九十七 より)

これは、高利貸しが差し押さえに来た日の、家庭内での夜の会話。島崎藤村の母や姉の生き方には、橋田壽賀子ドラマに見られるような、自己犠牲と祈りを融合させながら生きている女性の様子が見られます。

 

 

借金まみれで牢屋に入っている人もいて大変な岸本家だけど、深刻すぎない。
それでもなんとか、生きていければという明るさがある。
家庭での送別会では、ごちそうとして「とろろご飯」をみんなで食べて、とっても楽しそう。

前半はウジウジした話ですが、後半は絶望と明るさの同居っぷりがいい。島崎藤村て、求められたらどこでも関節を外す芸をやってしまうような、そういう性質のサービス精神があったんじゃないかと思う。

 

 

 

余談1

島崎藤村の小説は実際の家族がモデルなので、『春』と『家』の対比表を作りました。

 

「春」での人物名 実名 関係 「家」での人物名
岸本捨吉 島崎藤村 本名:春樹(1872-1943) 本人(四男) 小泉三吉
岸本民助 島崎秀雄(1858-1924) 兄・長男 小泉実
お秋 島崎松江(1860-1929) 嫂・秀雄の妻 お倉
愛子 島崎いさ子(1887-1971) 姪・秀雄と松江の長女 お俊
岸本民助の弟 島崎広助(1861-1928) 兄・次男 小泉森彦
岸本幸平 島崎友弥(1869-1911) 兄・三男 小泉宗造
島崎その 姉・長女 お種
太一 高瀬慎夫(1875-1910) いとこ(姉の長男) 橋本正太
亡くなった父 島崎正樹(1831-1886) 小泉忠寛
母親 島崎ぬい なし

 

 

余談2

この小説は家庭内の話がメインではなく、地名や個人名がたくさん出てきてストリート感があります。先輩作家との交流があったり(樋口一葉徳富蘇峰の存在も)、東池袋の現サンシャイン・シティの場所にあった巣鴨プリズンがそう呼ばれる前の話があったり、戦前の東京の感じがよく伝わってきます。

当時の有識系セレブがたくさん登場したので、こちらも表を作りました。

 

「春」での人物名 実名 補足
田辺(恩人の家庭) 吉村忠道(1841-1902) 藤村の幼い頃の恩人
田辺弘 吉村樹(1884-1971) 藤村と兄弟のような幼なじみ
青木 北村透谷(1868-1894) 藤村の親友(物語前半の主人公)
青木操 石坂ミナ(1865-1942) 藤村の親友の妻
操の父 石坂昌孝 日本の幕末から明治期の名主、政治家
青木の弟 丸山垣穂(1873-1928) 養子に入ったので苗字が丸山
青木の父 北村快蔵(1842-1904)  
青木の母 北村ユキ(1849-1915)  
青木の祖母(後妻) 北村ミチ(1826-1895)  
青木の祖父 北村玄快(?)  
市川 平田禿木(1873-1943) 藤村の親友。絵具問屋の長男
戸川秋骨(1870-1939) 藤村の親友
栗田 大野洒竹(1872-1913) 戸川秋骨のいとこ
岡見・兄 星野天知(1862-1950)  
岡見・弟 星野夕影(1869-1924)  
岡見・妹(別称:伝馬町) 星野涼子  
足立 馬場孤蝶(1869-1940)  
陶山(すやま) 山路愛山(1864-1917)  
陶山の社中の先輩 徳富蘇峰(1863-1957) ジャーナリスト。徳富蘆花の兄
福富 上田敏(1874-1916)  
峰子(別称:西京) 広瀬津禰、俗称:恒子(1868-1927) 藤村に想いを寄せていたと思われる女性
勝子(別称:盛岡) 佐藤輔子(1871-1895) 藤村の恋人
勝子の父 佐藤昌蔵 岩手県盛岡市出身の政治家
麻生(勝子の結婚相手) 鹿討豊太郎 佐藤輔子の異母兄・佐藤昌介の母の実家の長男
関根さん 巌本善治(1863-1942) 勤務先の女学校の校長
節子 富井まつ子(?-1893)  
近くに住んでいる先生 三宅花圃の父(1831-1915)  
堤さん 樋口一葉(1872-1896)  
松浦、安藤 柳田國男田山花袋らを指しているらしい  
耳の遠い先生 小此木忠七郎