人生ってこんな感じよねという一面をよくもまあこんなに小粋に切り取るもんだねまったく、という生活エッセイ風の物語。
責任も仕事もタスクもてんこ盛りキャリア・ウーマンの憂鬱な朝。主人公の女性は町の食堂で居合わせた人がさっと食事をして去っていく様や働いている女中のふてぶてしさを見て「なんとなく」心のエネルギー補給をする。そしてなんとなく先のことを考えて貸家を見てみたりする。
ある・・・こういうことって、ある!!! あまりにも「なんとなく」であるけれども、些細な他人のふるまいからもエネルギーを吸い上げてなんとか家に帰る。その奥にあるプレッシャーは確実なもの。でもプレッシャーがあることなんておくびにもだせない。
家に帰りたくないことがある。べつに家族を憎んではいない。そして今日も帰る。そうやってみんなで生きていく。だいたいみんないい人。悪い人はひとりも出てこないけれど、ちょっと息苦しくて義理も人情も少しだけある。寅さんみたいにウザくない。
この作家の書く日常は飄々としているように見せようというそぶりがないところがすてき。かといって淡々ともしていない。ポーズや見栄がない。なんて自然なのだろうと、いまの感覚で読むと魔術に見える。
凡人がSNSで日常を美しく見せる技巧をあたりまえにやる社会になったいまの感覚で読むと、まるで魔法のような文章。有名人の名前も交友録も出てくるのに成功している大作家のエッセイと思わせない秘訣がどこにあるのかわからないまま、気持ちよく読了させられた。この作家の文章を読むと、宇野千代も黒柳徹子も無邪気を装った女の武勇伝演出に見えてしまう。圧倒的なホーリー・マザー・ネイチャー・ガールズ・パワーがある。かっこよすぎである。