うちこのヨガ日記

ヨガの練習や読書、旅、生活、心のなかのこと。

(再読)夏物語 川上未映子 著

 再読しました。この本は読むといろんなことを誰かと話したくなります。でもだいたいは話せないことばかり。話す相手も慎重に選ばなければいけません。そんなときは自分の思いを整理して書いてみる。
今日の内容はこの本を読んでいないとちょっとわからない話に見えるかもしれないけれど、項目立てて書きます。まだ発売されて数か月の小説なので、話のゴールへの感想ではなく、要素に触れながら書きます。

 

▼一回目の感想

 

一度目の読書ではこの先どうなるのかが気になって途中から読むのが速くなってしまって、次々投入される「ある、こういうことわたしもあった…」という古傷のうずきに感覚を奪われながらのジェットコースターのような読書でした。
あらためて読むといくつかのことは予告のようにほのめかされていて、二度目の読書ではそれぞれの生活の背景やちょっと特異な行動・選択の理由も併せて味わうことができました。それぞれの事情が見えてきた。

 

先日この本を読んだ友人と話したら彼女は主人公の元カレが気になったそうで、やはり読む人によって引き出される記憶が分かれる。友人は「恋愛感情と関係性」に、わたしは「労働と居場所と役割分担」の描かれかたに多く関心が向いていたけれど、やっぱりすべてのことはごちゃまぜ。
今日はこの小説が拾い上げてくれた「それ!そこ!かねてより生活テーマとして誰かの話が聞きたかったの!」という要素について書きます。

 

労働力と性

女性は家庭内労働力となりながら新たな労働力(子)を生み出すこと、あるいは種族の血をつなぐための出産が大きな役割だった時代があって、それが徐々に社会の中で広い意味での「人手」に換算されるようになって、わたしはまさにその次の時代を生きているのだよな…とあらためて思いました。
このことがわたしはずっと不思議なまま、自分が生活していくために働き続けています。生きていくための方法が増え、女性が新たな労働力を生み出す義務が100%絶対には紐づかなくなっている。「あなたは産む機械だったはず」と上の世代の人たちがなるべく言わずに意識を変えようとしてくれていることが、とにかくほんとうにありがたい。
とはいえやっぱり「おまえだけに楽をさせるわけにはいかない」と上の世代から伸びてくる手をほどくことができれば、あるいはその記憶を双方ともに塗り替えることができればという条件付きの現実であることはたしかで、家庭の中でブラック・ボックス化している連鎖は表に出てきません。
それを主人公はよくわかっていて、最後の選択の背景はここにあるのだろうという思いは一回目の読書と変わらず。主人公のかつての同僚が放つ「◯◯◯つき労働力」という表現にはインパクトがあるけれど、「都合のいい女」の言い換えと思えばごくごく自然なフレーズで、この物語は「都合のよくない女」としての生きかたを疑似体験する物語でもあるんですよね…。

 

種の競争は、実は無条件で燃える

ひとり強烈な男性が登場するという話を一回目の感想で書いたのだけど、わたしはこの人物に嫌悪感だけでなく共感も抱いています。
自分の精子が強いことを知って、勝ちやすいレース種目を見つけて目がらんらんとしている。自分の存在価値を強く感じているときの高揚感。それそのものは、わからなくないのです。オタサーの姫感覚。
でも女性という立場で見てみれば、あの男性は動物としてものすごく怖い。それは「無条件で燃える」という戦争の力学が霊感レベルで共有されている男性ばかりの組織にぽつんと入った時に感じたことがあるものと同じで、わたしは女性の地位向上のむずかしさの要因として、実はこれがあると思っています。ガラスの天井ともまたちょっと違う性質のもの。
わたしは「火種がそこにあって酸素もあるのだけど、理性で燃えないことにしている」という状況から漏れたものが凶悪犯罪の元だと思っているところがある一方で、その火種をうまく方向づけて燃やして大きくすることが経済発展の動力だったのだろうとも思います。なので、彼が「人助け」という論理をたくましくする理由をとても重く感じます。

 

物質体である自分の身体に、手を尽くしてみたい

姉は乳に、妹は卵に。こういうのはなんていうのだろう。自己投資? 自己実現? どちらもぴんとこない。
この物語に登場する姉妹は、女性としての身体のありようを気にしないように心をコントロールするほうへ支配力を向けるのではなく、できることならという気持ちとともに医療技術を頼りにしながらなにかを発動させる。なにかそこに渇望があることはわかる。

自分はなんでそうしようと思わないのだろうと考えると、もしかしたらわたしは身体よりも心のほうが御しやすいだろうと考えているのかもしれない。そんな発見がありました。

 

できごとの連鎖と混乱

以下のようなことは、ひとつひとつはよくありそうなことなのだけど、この順番でくるとやっぱりすごい。

  • 自分が望むことを同業者から肯定されて高揚する。
  • 自分が望むことが実行可能か想像することによる仕事の遅れを同業者に批判されて落ち込む。
  • 自分に稼ぐ能力があるから社会の中で尊重してもらえるのかと、自分の存在価値はそこかと悲観する。
  • 親族だって結局、自分に稼ぐ能力があるから尊重してくれているのだろうと考える。
  • 好悪の感情さえ殺せば望むものが得られそうな、シンプルなトレードオフに直面する。
  • 好悪の感情以前に、そもそもトレードオフしかない弱者の現実的を知る。

この小説ではこんな葛藤がテトリスのブロックのように落ちてきて、ずんずん加速していく。
二回目の読書では生についての是から非までの思考の中間に「大切な人への八つ当たり」がある構成に唸りました。一回目の読書では直後のエピソードのインパクトがすごすぎて記憶からこぼれ落ちてしまったのだけど、八つ当たりの会話と過去の葡萄狩りのコンビネーションをあとで重ねて大号泣。

 

乗り越えても武勇伝にすらならないナチュラルな貧しさ

お腹がいっぱいにならないものをメインに据えた食事会に密かに怒っている主人公がいちばんその場では可処分所得・可処分時間を多く持っていたりする。彼女だけが唯一独身。そんな場面がある。そういう、どこでこうなっているのだこの社会という場面が絶妙に設定されている。
全体が異様な高揚感に包まれた高度成長の後にはこのように、誰もが誰かに後ろめたい思いを抱える仕組みになるしかないのか。(次の項目に続く)

 

「しあわせ」って言わない。言いようがない

この物語にはかつて使われた日本語「勝ち組・負け組」のようなニュアンスで「しあわせ」と自称する人がいません。
この仕事を天職だと思っているとかこの子がいるから頑張れるというような、定番しあわせフレーズは出てくるのだけど、各自がそれぞれの事情を生きる様子と交流が淡々と重なっていきます。それは輝きであるのだけど、「しあわせ」ではない。
自分がこれを仕事にしたいと思っていることを自分で「趣味」と言ってしまって落ち込むとか、実際それで生活できる収入を得ていても夢じゃないかと思って別の方法を確保していたり、主人公がパーフェクトを信じていない。とてもよい意味で夢がなくて、なのに未来がある。
あんな仕事は二流だとか、あの考えかたは愚かだみたいなことを言う人は出てくるけれど、「こっちはしあわせ」「あっちはかわいそう」という断絶は静かに避けていて、不毛すぎる戦争は起こらない。そんななか、主人公が姉に八つ当たりをするシーンでお金の問題を持ち出すものだから、わたしはあそこで涙が出たのでした。

 

関西弁の思考と標準語の思考

主人公は大阪育ちで関西弁なのだけど、今は東京に住んでいて標準語で喋っていて、頭の中の言葉は関西弁なのに大阪へ行くとアウェイ感を感じている。
頭に地元はあるけど心に地元がない苦しさと、自分は心で子どもを欲しているのに頭から整えていかなければならない苦しさがシンクロして、それがさざ波ではなく大きな波のうねりのようにぐわっとくる。読んでいてしんどいのだけど、こんなの恋のミラクルでもないとクロージングできないよね! ってとこがいい。小説だからミラクルも起こるのだ。

 

笑っても嘆いても同じ人生

笑えない展開のことも日常には多いしこの物語のなかでは笑えないことばかりなのだけど、そうでないときは笑ってる。わたしは子どもの頃、大人に叱られているときにどこまでいつまでダメージを受けその態度をキープすればいいのかわからなくて、ニヤニヤした顔が自然な筋肉の動きとして出てしまうことがありました。いまは有名人が謝罪をさせられているのを見ながら、この人はいつまでそれを受けキープすればいいのか想像してみたりするのだけど、いまだにわかりません。
この小説の主人公は暗いしほかにも暗い人が多いのだけど、おおむね絶望している中に笑いが一定の比率であるのがデフォルトのまま話が進んでいきます。全体的に重いのだけどそれでもまた読みたいと思えるのはこのバランスのせいじゃないかと思います。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

わたしはニュースを見ながら不思議に思うことがとても多いのだけど、そこに反論するほどの主義主張はなく、わたしの人生にはわたしの選択の積み重ねがあるだけ。この物語の中でひとりの女性が言っていたけれど、自分なりに頑張っていたら結果こうなっていた。税金も年金も払い続けて暮らしているけれど、わたしが耐久消費財のCMのターゲットになることはない。だけどそもそもCMのターゲット母数自体、昭和の時代の半分くらいまで減ってるはずと客観視している自分もいる。
こういうことは話さない。だからこの小説そのものが壮大な会議で、めちゃくちゃ大きな円卓テーブル。そのくらい感想の書きにくい本なのだけど、心の中だけは自由でよいはず。心の中だけはね。

 

夏物語

夏物語

 

 

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