うちこのヨガ日記

ヨガの練習や読書、旅、生活、心のなかのこと。

さもしい人間 ―正義をさがす哲学― 伊藤恭彦 著


昨年「わたしのなかの松井がブレーキをかけるときのこと」という思いを書きました。
あのような気持ちはここ数年チラチラしていて、なのでわたしはあまり売り込みのフレーズを使えないし、使うときはそれはもうその道が本職の人のように使うかで悩みます。わたしは何年も「クリックさせる」「買わせる」「契約させる」ためのことにかかわってきたので、それが自分の義務なのだという設定にしてしまえば、いくらでも多くの人をその気にさせることが書けてしまいそうなのです。
(ゆえにここでは、アクセスが伸びすぎないようにしているの)

そしてこのようなことを「やっちゃえ」と思うときと「やらない」と思う気持ちの境界について、わたしはいつも考えます。そしてときどき、その「境界」にあるものの存在に呑まれそうになります。
そういうときにこういう本を読むと、まぁなんとかいちおう、という感じで日常に戻ることができます。



 ずうずうしいお願いですみませんが



と言いながらその先を言うことを、この人はなぜやめないのだろう。あ、そうか。お願い事があって、そのまえに excuse をつけたのか。この人はそもそもわたしに好かれたいわけではなくて、just now わたしを利用できればよいのか。それはそれで理にかなっている。



 なぁーんだ



とまあこんな思考を、わたしはいつもしています。
「なぁーんだ」のあとになにも思わなくなったのはわりと最近で、以前はその後に「せこい人だなぁ」と思っていました。でも「せこいと思われたくない」気持ちとそのあとの行為の間にあるものは、すごく人間的な判断の機能でもあったりするのですよね。


この本は、そういう判断が機能することについて、わざとうだうだ書いてあります。
「わざとうだうだ」のやりかたはたいへんチャーミングで、たとえば「中日ドラゴンズ優勝セール中日ファンじゃない人には来てほしくないと少しは思う」というような気持ちが取り扱われています。おじさんの話というのはチャーミングでないと広く届かないのだということを熟知した、スマートな先生のようです。



 さもしい



わたしはこの言葉をつるっと使ったことがありません。使い慣れていません。卑しい、せこい、図々しい、厚かましいなどの言葉との使い分けがいまひとつわかっていません。なのでこの言葉についてのあれこれを読みながら、こんな便利な言葉があったのかと驚きました。
これは、「ずうずうしいお願いですみませんが」の「が」のことを言っているのではないだろうか。それはずっとわたしが探していた言葉ではなかったか。
著者の「うだうだ」には「そう。それ」というものが多い。

 個々人の行動や状況を見ているだけでは、「さもしい」ことは見えてこない。しかし、不正を働いていない行動も、他者との関係では「さもしい」ように見える。「さもしい」とは、他人との比較において生じる問題のようだ。この点をどう考えたらいいのだろうか。
(第2章 「分」を守るということ より)



 急いで述べておくが、共同体社会が解体し、市場社会になったということは、この社会から共同体的な関係が消え去ったことを意味していない。社会を成り立たせている軸のようなものが、共同体的な関係から市場関係に移行したことを意味しているだけだ。
ここで言いたいのは、共同体的な関係を軸にした社会に私たちはもう戻れないことである。
(第3章 市場はけっこう残酷だ より)

「損をしないか」を行動以前の確認事項にする人が増えることも、「無料」に群がる人が増えることも、「共同体的な関係を軸にした社会に私たちはもう戻れない」ことを直視したくない、猶予期間を延ばしたい、という気持ちを欲するがゆえの行為と見れば、人間的でもあるのです。市場は残酷と言えば残酷で、平等と言えば平等。


ここでひとたびヨーガなんてすごいメソッドを生み出したインドの現在に目を向けてみると、残酷のもとになる市場のエネルギーを一度にどっさり乗せて動く高額紙幣の価値を破壊させ、創造へ向かわせようとする取り組みがはじまっています。破壊は創造のはじまりというけれど、どうか。とても気になる現在です。
サンスクリット語に「samarasa」と発音する語があるのですが、これは辞書で引くと「having equal feeling」で、「sama」には equal とか same の意味があります。インドネシア語やマレー語では「ありがとう」と言うと「sama sama」と返ってきます。これは日本語で「どういたしまして」。
「samarasa」を無理やり日本語にしようとするとすごくむずかしいのだけれど、この本は現代社会におけるその言葉の感覚に迫ろうとしているように見えました。


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