うちこのヨガ日記

ヨガの練習や読書、旅、生活、心のなかのこと。

「インド式」インテリジェンス 須田アルナローラ 著


サブタイトルに「教育・ビジネス・政治を輝かせる多彩性の力」とあるとおり、インドの叡智の解説本。 軽い気持ちで読み始めたらとんでもなくおもしろくて、きょう一日でイッキ読みしてしまいました。お子さんのいる人、勉強が苦手な人、教育の分野で働いている人はぜひ。
日本の企業で働くインド人女性エンジニア・ローラさんの語るトピック、構成、引用のしどころすべてが秀逸。特に前半の歴史文化の解説のダイジェストは、この文字数でこれだけ要約して語れるのはすごい編集力。数学者ピンガラ、文法家パーニニ、実利論(ヨーガとサーンキャの属する哲学)までさらりと触れつつ、ヴェーダの考え方に触れ、ギーターやマハーバーラタやからの引用をふんだんに盛り込みながら展開します。
さらには、著者さん自身が直接指導を受けたクリシュナムルティ師からの教えエピソード、ウパニシャッドからの引用マントラ解説、タゴールの詩集からの引用、巻末に用語集まで登場し、ここまで盛り込んでよくこんなコンパクトな新書をつくったもんだ!
インド旅行から帰って日本で感じることをうまくリアライズできない人は、必ずや読めば自分の心の中で溶解していくものがあるでしょう。


よくある、ゼロの発明の説明も、少ない文字数で鮮やか。

<52ページ ゼロも十進法もインドで生れた より>
 興味深いことには、0、つまり何もないことを表現しなければいけないことの必要性は他の古代文明(バビロン、中国、ギリシャ)でも感じていたが、何もないことをあるかのように表現することに矛盾を感じて、どうしてもできなかったそうである。それがインドでできたのは、インドの基本宗教(つまりヒンドゥー教)において、「世界は何もないものからできている」としていることが理由であると考えられる。つまり、インドでは、私たちが生きている世界は実は「無」であると考えていた。これは、「目に見える現実」は実は私たちの幻想で、目に見えない「無」こそが真実であるという哲学論である。

わたしは、インドのゼロの発見について「ゼロは、"ない状態" があるってことの発見だ」というのを初めて知ったときに髪の毛が抜けそうな驚きがあったのですが、ここでは「宇宙開闢の歌」にちなんだ解説がされていて、これもまたすばらしい。「はじめに何があったか」「はじめは誰か」ではないところをさらに深堀りするのがインド。


<90ページ 「そのまま覚える」ことの重要性 より>
 インド人は「テストに出ないのだから覚えてもしかたがない」とは思わない。テストに出るから大切だとか、出ないからどうでもいいという考え方自体がない。また、最近の教育には、子どもが小さいうちから何でも子どもに説明して、納得させてからやらせるという傾向があるように思うが、これでは子どもが「納得いきません」と言うと何もできないことになってしまう。これもインドの教育ではあり得ないことだ。そもそも、習慣にしても、礼儀にしても、学問にしても、子どもに覚えてもらいたいことを覚えるメリットが、その年頃で子どもにわかるとは思えない。

日本の教育への淡々とした指摘が続くところ。語呂合わせが暗記に役立つとする意味が全くわからない、という流れで「いい国にしようとしたのは鎌倉幕府だけではく、江戸幕府もそうではないか?」と普通にツッコんでいたのもおもしろかった。


<123ページ インド人、うそつけない より>
往年のCMではないが、「インド人、うそつかない」、いや、正確には「インド人、うそつけない」なのだ。言葉の裏がないのがインド人である。22もの言語があって、四つの宗教があって、それぞれにいちいち裏があったら、複雑すぎて生きていけないのだ。



<173ページ 「○○人だから」で片付けることの落とし穴 より>
「日本人だから違う」という言い方をよく日本人はするが、「インド人だから違う」とはインド人は言わない。むしろ「みんなも自分たちと同じじゃないのか?」と思っている。人間の範囲ってこんなものという、ある程度のバラつきをインド国内で見ているから、その5倍も10倍もバラつくことはないだろうと思っているのだ。こん「人間はみんな同じである」といった基本的な考え方があるため、外国人に対してもインド人と同じ扱いをしてしまう。もしかすると、日本人から見ると強要がなく失礼に見えるかもしれない。



<182ページ 同質性の美学と多様性の哲学 より>
 同じ親から生れた兄弟だって、性格も違えば顔つきも違う。そてなのに1億人がなぜ一緒になれると思うのだろうか。インドは11億だから、日本は1億だからという問題ではない。二人でも一緒にはならない。双子ですら違う。同質であることを求めない日本になった時、日本はほんとうの意味で世界から尊敬される国になるのではないだろうか。

同じ要旨の箇所を三つ引用しました。ここはなんというか「近視眼的で内弁慶な単一民族に気を使っていただいて、ほんとすんません」となところ。わたしの身近なインド人は「あ、でも日本ではこう言うと、実は怒るんだよね。ニコニコはしてるけど、タテマエね。ホンネは怒ってるね」とインド人側でわかっているホンネを教えてくれたりする。イスラエル人にも同じようなことを言われたことがある。この部分の指摘は、「小国のジャパニーズたち、気を使えというのを地味に外国人に強要しすぎ。脳みそまで小さいの?」という指摘といってもいいんじゃないかな。「いやそれがさ、さらにその奥で、あわよくば "絆" まで強要したいホンネがある、すんごいムッツリスケベな淋しがり民族なんだよね〜」って説明すると、怖がられる(笑)。こういう話が英国人に通じやすいのはなぜだろう。島国仲間だからか。




インドの「霊性」が毛穴に沁みてる思考の説明も良かった。ふたつ紹介します。

<129ページ 人間ができることには限りがない より>
 キリスト教では冒瀆と言われるだろうが、ヒンドゥー教では、神様と自分には差がない。自分も神の一部であり、神様も自分や他人の中にも存在する。最終的には自分と自分の中にいる神様にしか義務を負わないというのがヒンドゥー教の真髄だ。アートマン(梵我)とパラマートマン(真我、神)、ソウルとスーパーソウルという考え方があって、世の中に存在するすべてのもの、生き物でも、また生き物でなくとも、わたしたちは皆同じスーパーソウルの一部であるというのがすべての原点である。だから誰に対しても義務がないし、外の人のこともあまり気にしていないのだ。

この「だから誰に対しても義務がない」までの説明の流れが、すごくわかりやすい。絆の確証やログ残しをしたがる人には、インドはけっこうしんどいと思います。信じてやったもん勝ち、みたいなところがある。


<142ページ 成し遂げる権利はあるが、成果にはない より>
ギータ(クリシュナがアルジュナに説いた人生論)の一つの有名なシュロークで、「私たちはカルマ、つまり使命を実行する権利はあるが、その結果を決めたり選んだりする権利はない」、強いて言えば「人事を尽くして天命を待つ」みたいな意味である。ただし、インドにおいては結果を待つことすらない!

インドでは「やろうと思ったからやった」という親切に唐突に出くわすことがあります。さらにその後「天命を待ってない」のでスーッと立ち去られ、お礼が足りない気がして肩透かしに遭うことも。



ローラさんは、自然と共存する思考の指摘も鮮やかです。

<186ページ 不自然なことは長続きしない より>
 例えばインドでは牛も馬も食べないが、それは宗教上の理由というだけでなく、そもそも人間のサイズより大きいものを食べるということが不自然だとの考え方がインドにはあるからだ。人間の先祖はサルだから、基本は草食で、歯も穀物や木の実、葉っぱを砕いて擂りつぶすのに適した構造になっており、肉を噛みちぎるための犬歯ができたのはごく最近のことだ。

スリ・ユクテスワさんの「聖なる科学」と同じことが書かれていました。



この本の主題は全5章あるなかの4章「コスト・オブ・パーフェクション(美しさの対価)」にあります。よく「閉塞感」「暗さ」「負の側面」という言葉で語られる、日本の豊かさが犠牲にしてきたものについて。特選で一箇所紹介するなら、ここかな。

<162ページ 同質であることのコスト より>
日本が豊かになるにつれ、不自然なもの、人工的なものが庶民にも手に入るようになった。その美学が物づくりに留まっている間はよかったが、人間も同じように揃えれば美しくなるのだとか、同じ行動をすることによって経済的な成果が出るのだとかと考えられるようになったことで、何かが決定的に変わった。人間は人間だから同じ箱には収まらないだろうということは、たぶん以前は普通に考えられていたと思う。

規格外のこと、想定外のこと、イレギュラーな状況への弱さは、生命力の弱さ。国家や組織が不公平をなくすためにやっているさまざまなことは、個人の生命力を弱体化させることがコスト(精神コスト)になっている。現世利益をひたすらに追いかける環境では、バランスのチューニング(運用)はすごく小まめにやらないといけない。冷静に考えたらそっちのほうがコスト(金銭コスト)がかかる。宗教の存在意義が沁みてきます。



そしてこの本には、最後に驚く引用作品(小泉八雲「A Living God」稲村の火)が登場します。震災前に出版された本なのですが、この本の主題の流れで最後にこれを引用紹介する構成には脱帽。
少し押し付け気味にでもプッシュしたい、ひとりでも多くの人に読んでもらいたい一冊です。


★過去に読んだインド文化に関する本は、こちらの本棚ページにまとめてあります。