うちこのヨガ日記

ヨガの練習や読書、旅、生活、心のなかのこと。

裏がえしのインド 西丸震哉 著

裏がえしのインド
1961年(昭和36年)の探検記録が昭和58年の文庫化されたもの。
先日紹介した『「今のインド」がわかる本』では先進的なインドの側面をIT色強めで紹介しましたが、今日はがっつりヨガ・モードでの紹介です。


これは、インドへ行く前(なので、今年の3月ごろ)に読みました。昭和のインド旅行記で、著者がめちゃくちゃユニーク。Wikipediaで見ると、「タコが陸に上がって大根を引き抜く」という異常な行動の見聞録を出版していたり、とにかく素敵。
文体を見ていただけばわかるとおり、昭和の香りとチャームが炸裂。偏見ではない素直な偏見というか、いまが異常に「違和感を素直に口にしない」ことを強いられる世の中なので、この時代の言葉で語られる素直なインドへの印象が、心地よい。無理に理解しようとしないテンションで、ものすごくニュートラル。

そして貴重なのは、シバナンダ・アシュラム滞在記があること。この章は、後日ひとつのトピックとして感想を書きます。今日は、それ以外の部分を紹介します。

<32ページ 東ガーツのジャングルへ より>
彼等は雨期になったら全く孤立してしまう生活をしていることになるが、大自然の条件に合わせて生存していく種族は、あわれに見えると同時に何かシックリしたものを覚える。
 なまじ自然に逆らうような態度をとるから川が氾濫し、家が流され、人が死ぬことになるのではなかろうか。どうせやるなら絶対にビクともしない治山治水をやればいいのだが、なかなか徹底することは難しかろうし、あまり変化がなくなっても人生にうるおいがなくなるという心配も出てくるだろう。新聞種がなくなり、明日が昨日と全く同じだという予想が狂わない生活は、もしかするとたえがたい苦しいものとなるかも知れない。

インドでものすごく渋滞する橋を渡っている時とか、はじめは一瞬イラッとしたりするのだけど、無理に便利にしようとしないでなんとなくそのまま共存している感じとか、そいういう場面に触れて起こる気づきとして「自分は"便利教""効率教"に侵されているのではないか」というのがあるのだけど、この部分を読んでその時の感情を思い出しました。
ガンジス川沿いのカフェで、ミチコさん、スーさん、ゆりえちゃんと4人でこの感情を共感しあったことも思い出しました。(参考:カフェで話した日の日記

<44ページ 東ガーツのジャングルへ 「日常生活」 より>
 西海岸の住民は特に魚を好むことはないが、他のインド人のように魚をいやしむという風潮はない。現にボムベイには小さいながら魚市場があって、大洋漁業の小漁船が二隻、毎日操業している。インドの水の中は魚の楽天地で、みんな安心して泳いでいるが、インド人は決してそれを食べずに栄養不良に甘んじて生きているのは、どうみてもムダなことである。インドは原住民のほうがはるかにのびのび生活を楽しんでいるようだ。
 恋は自由だし、宗教のカセがない。病気で淘汰されて残れば、人口が少ないから人をおしのけてまで目の色変えて生きようとする努力は要らない。虎を一匹殺せば政府の役人が買ってくれるから、みんなで大酒を飲める。

今でも、田舎ではきっとこんな感じなのだと思います。「インド人は決してそれを食べずに栄養不良に甘んじて生きているのは、どうみてもムダなことである」というのは、日本人として素直な感情だと思う。

<50ページ 東ガーツのジャングルへ 「踊り」 より>
 原始人は踊りが好きなものだが、男女が手をつないで踊るようなのは見ることができない。
 半分見世物的になったものは、色もあざやかな服装をして、金を取って見せる。男が笛を吹きながら、女装をした男のまわりを回ると、女が身をもでて座ったままで上半身をぐるぐる動かすようなもの。真っ黒な顔に白粉をぬりたくって、灰色の死人みたいな色にしているが、黒い人でも白粉をぬるのはどうしたわけだろう。黒くつやつやしていたほうがはるかに美しかろうと思うのだが、人間はすべて白くありたいという願望を持っているものらしい。黒い民族は、白人に対してすごいコムプレクスを持っている。これが白人に長い間支配された、そもそもの原因ではなかろうか。

わたしの師匠(インド人)も、取材やパンフ用の写真撮るとき、女優並みのライト使用を好みます。

<62ページ 南インド山岳地帯の原住民 より>
 トダ族は重婚で、女は兄弟全部と結婚するといわれているが、これは過去ではそうであったのかも知れない。今は女の数が増加したのか、まず長男が結婚するとその妻を弟達に対して開放する。
次男の妻はその弟たちに共有される。こうして、いちばんもうけるのは末ッ子ということになるのだが、亭主たちが兄弟だから、当然生まれてきた子供の父親の判定ができない。母親にもわからない場合が多い。しかし、そのときの決定権は母親にあって、彼女が「この子はお前の子だ」といえば、指名された男は、その子の正式の父親となる。
決して文句が出ないのは感心の至りで、これが日本だったら大喧嘩になることだろう。このシステムも、もとをさぐれば、子供をどんどん作るための手段であると思われる。

ものすごいシステムですよね。

<65ページ 宗教 より>
 インドは大国である。人口は五億もあるし、土地は広大で、やろうと思えば何でもできる豊富な資源を持っている。だがインドが統一されている唯一の絆はヒンディ教であって、これがなかったら一瞬にして分裂してしまうかも知れない。イスラム教の人をパキスタンに全部引き渡し、ヒンディ教の人を受け入れて、対イスラム的には完全に一本になっていることは非常に強い。そして、この小乗仏教的宗教は戒律がものすごくやかましく統制されていて、おまけに肉と酒から離されているから、暴れたくなるような力が身体の中から湧き上がるはずもない。
 だから北と南、白っぽいのと黒っぽいの、人種的なちがい、言葉のちがい、風俗習慣のちがい、カストの上下の差などで、反感、軽蔑、非融和などの要素がいくらあっても、それが国を分割するほどのエネルギーにはなり得ない。この意味で、ヒンディ教がインドをまとめているという説は正しい。まとまって一国を形成しているから、大国としての評価が与えられ、世界各国の中で一方の勢力をつくり出しているということが、ヒンディ教の大きなプラスの役割だということも正しい。
 しかしその反面、ヒンディ教あるが故に、インドが文明的に脱皮することができないこと、自由な恋も結婚もできないこと、数えあげればきりのない不幸がインド人の頭上に重くのしかかっていることを否定することができない。
 インド人はそんなことは不幸じゃないと断言するが、私は大きな不幸だと言い、インド人は余計なことをいうなというが、私はヒトゴトながらだまっちゃいられないぜとおせっかいする。これは仕方ないことで、私がインドをこきおろそうとして言うんじゃないことを理解してもらえればそれでいい。
 インド人はすごく良い人達だから、その人達のために、もっともっと幸福になってもらいたいだけなのだから。

まだ人口5億の時代です。いまは、その2倍以上。
自由というものについて、ものすごく自分に問いかけることが多い、考えさせられる国です。

<69ページ 宗教 より>
 インドの近代医学の頂点は他の文明国と大差はないが、医者が少ないので、二千年の間、連綿と継がれてきた伝承医学、アユルベダが大多数の人達の病気をなおす役割を演じている。アユルベダが使う薬草の中には、近代医学の光をあてると妙薬が見つかる可能性が多いので、薬学者として同行のドクトル・アユルベダが懸命になって草を集める。ところが、名前だけは研究所とかアカデミックのナニナニとかいうアユルベダの医者の内容は、オソマツなものが多い。水銀アマルガムですべての病気をなおそうとしたり、マジメな顔をしてエッセンシャル・オイルの水蒸気蒸溜をして香料などの粗製品をとり出している。多くの療法の中には効果のあるものもあるようだが、絶対にマユツバだとわかるようなもののほうがはるかに多い。

こういうことが美化されないで語られているものに触れられる機会は少ないので、とても貴重なコメント。
わたしはアーユルヴェーダの考え方を素晴らしいものと思っていますが、そう思う部分は「原因の分解のしかた」だったり、「病気と共存する前提の思想」だったりします。

<71ページ 宗教 より>
 ヨガの生き神様である、スリ・スワミ・シバナンダ師はアユルベダの大先生であって、彼のアシュラム(道場)では、あらゆる病気に対してそれぞれ効果のある薬を作って売っている。
 その薬の中には、たしかに糖尿病に効く薬があるのだが、何とシバナンダさんは今、糖尿病が悪化して大いに悩んでおられる。
何故自分が作った薬を飲まないのか、不思議な現象である。効果があることを信じていれば飲むはずだし、インチキだとわかっていたら売らないにちがいない。彼は怪僧だが、決してウソツキでもなく、悪人でもないのだから。

いやー、こういうの、貴重よ。
わたしは日本人ヨギの、インドのヨガとかアーユルヴェーダに対するちょっとヘンな崇拝テンション、どうにもなじめなかったりします。

<75ページ 宗教 より>
 日本人の坊さんがインドのカスト破りに、人間の平等化のために、そして次のインド人の幸福のために、小人数で頑張っている姿は気高いものだ。王舎城には二十六年前に造られた日本寺があり、ここに八木上人ともう一人の若い日本人の僧が住んでいる。
 朝は五時から太鼓をドカンドカンとあたりの山にこだまさせながら、大声でお経をとなえ、昼間はウチワ太鼓をたたきながら近くを回りあるく。そして信徒を増やし、インド人をカストから解放させることによって、仏教がインドで隆盛を極めるようになる日が近いことを堅く信じている。八木上人の年齢はまだ五十歳に達していないと思うのだが、見かけは元気な老人という感じだ。草履をつっかけてテンテケやりながら、シャカの仏跡を三時間くらいかけて巡礼してから朝飯を食うというマメなお方。

ラージギルの日本山妙法寺のことかと思います。佐々井秀嶺氏が恩師とあおぐ八木上人の、貴重な目撃証言。引用紹介はしませんでしたが、野口法蔵氏の「チベット仏教の真実 ―「五体投地」四百万回満行の軌跡」のなかにも八木上人についてのエピソード(最期は焼身で身を絶たれた)があって、ものすごく印象深い人。

<80ページ 宗教 より>
 インドには、エロ寺があることは有名だ。その尤たるものは、ニューデリーの南南東四百キロにあるガシュラホと、カルカタの南西二百キロの海岸にあるブラック・テムプルことコナラクの二つだ。
 ここには石の壁や柱の上などに、これでもかこれでもかとばかり、男女のむつみの型が石に彫刻されている。多勢の石屋かなんかが動員されたとみえて、芸術的なものもあれば、幼稚なものもある。身体の曲線が大胆で陶然とした顔つきを実によく表現してあり、傍らの女が見ちゃいられないと眼をそむけた顔なんかもうまいものだ、ゴチャゴチャに入り組んで、どこにどの足があるんだかわからないゼイタクなものもあって、その主人公はトロケそうな表情だ。

(中略)

何故こんなエロ寺が出来たかを考えてみると、おそらくこれを造ろうと決心した坊主が、信徒を集める手段として考えだしたことであろうと思われる。はじめは面白い面白いと来て見ているうちに、だんだん寺のよさがわかってきて拝みたくなるという計算だ。

(中略)

 宗教がエロをだしものにするのは、考えてみれば、当たり前のことかも知れない。

「そうじゃないと思う」とわたしがいくら思っても、中の小さいオッサンが共感する。

<85ページ 宗教 より>
 私はトコトンまで完成された石寺に対しては、ああ何と御苦労なことを、としか感じないバチアタリだが、ちょっと手をつけたがやめてしまった岩には、限りない人間味、ほほえましさを禁ずることができなかった。

わたしも「いやー、この暑いなか、やろうと思っただけでもエライよ」と、非常に甘い評価を下すタイプです。

<111ページ 「えかき」の宗さん より>
(シバナンダ・アシュラムの様子を、著者さんではない別の人「宗さん」が話す様子)
 朝、暗いうちから身体をゴチャゴチャにする体操をやります。あの体操は自然界の動物の真似をするのが原則なんです。一本足で立ったり、逆立ちしたりして、いろんな動物の形をつくるんです。妙チキリンなかっこうを人間がやっていると、ジャングルの奥から猿が出てきて、ズラリ並んでそれを見物するんですよ。猿達が感心して見てます。イヤ、ホントに感心した顔してます。聞いたのかって? 返事はしませんがね。わかるんですよ。
 弟子は世界中から集まって来ます。白人もいます。そして体操が終ると、シバナンダさんが指名して、お前何かやれといって、みんなに一人ずるやらせます。何でも出来ることをやればいいんです。歌をうたう奴もいるし、わけのわからない演説をブツ奴もいます。おどりをおどってもいいんです。私ですか? ええやりましたよ。

著者さんのシバナンダ・アシュラム滞在記部分は後日紹介しますが、この口調が面白くて、紹介したくなりました。

<143ページ インドの交通 より>
 インド人に道をきくと、どんな人でも決して知らないとはいわない。正しい道を知っていれば教えてくれるし、知らなくても、いいかげんを教えてくれる。

「いいかげんを教えてくれる」。そうそう(笑)。

<179ページ インドにおける日本人 より>
 インド人はウソツキだから気をつけろ、人を見たらドロボーと思えなどと、知ったかぶりの人達が注意をしてくれた。ところがどうだ、私はインドでインド人にだまされたことがなく、泥棒にもスリにもカッパライにも一度も会わず、みんな親切でいい人間ばかりだった。インド通と称する人が、どんなにインドを知らないかということを身をもって知った思いだが、そのインド通の日本人達は、ウソをいっているつもりではないだろう。ただ象のどこをさわってきたかが問題なのだと思う。
 私のインド人に対する感想を、ニューデリーの大使館へたまたま来られていた前大使の那須さんに話したら、心の清い人に対しては、皆が清い面を出してつき合ってくれるし、だまそうと思っている人はだまされるものだ、といってくださった。

わたしはとらえようによってはカッパライなのかもしれない状況には何度も遭っているのだけど、郷へ行ったら郷に従うだけで、インドの印象はずいぶん違ってくる。(参考旅行記:「オートリキシャーで1時間の移動。料金上乗せ拒否ログ」)
あと、自分に意思があるかどうかでもずいぶん違う。(参考旅行記:「シロダーラ初体験 in リシケシ」)
「だまそうと思っている人はだまされるものだ」の部分は、わたしもジャイナ教の男の子OM君に、出会ったその日の食事の場面で同じことを言われたことがあります。「日本人はビジネスの場面でも、お茶を出すとまずものすごーーーく匂いをかいで、すぐには飲まないんだけど」と。

218ページ インドの動物たち より>
 インド人は今あるものをそのまま使うことしか考えないように思われるが、これはあわてないという国民性のおおらかさから来るのか、面倒くさいからやらないというズボラなことによるのか、そんなことはどっちでもいいと達観しているからなのか、他にもっといいものがあることを知ろうとしないのか、そのどれに属するのかわからない。ただやろうという人が見当たらないことだけは事実だ。

冬野花さんの「インド人の頭ん中」という本の中には、この「やろうという人が見当たらない事実」がたくさん載っています。


ちなみにこの西丸氏の旅行記は、メンバーのなかにおそろしくエゴの強い人が一人いらっしゃったようで、その人は「インカル」という名前で描かれているのですが、その人への著者の苛立ちっぷりも読んでいて面白かったです。

裏がえしのインド (1983年) (角川文庫)
西丸 震哉
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