うちこのヨガ日記

ヨガの練習や読書、旅、生活、心のなかのこと。

お金についての3つの話


先日ちょっとおもしろいことがあって、そこからお金の話になって、お金にまつわるいくつかのことを思い出しました。

(ひとつめ)
わたしがお邪魔するヨガ屋さんは、同じビルの上の階と下の階にマッサージ屋さんがあります。入り口で、あと数分ではじまる次のクラスをボケーっと待っていたら突然ドアが開いて、「30分なんですけど、できますか?」と、女性が入ってきました。

うちこ:ここのクラスは90分ですよ〜。
その人:30分だけでいいんですけど。
うちこ:・・・(要望が違う雰囲気に気づく)、あ、ここ、ヨガの学校ですよ。
その人:下で、5階だと言われたから来たんですけど。
うちこ:(その人が持っている紙を確認)このチラシは、マッサージ屋ですよね。ここは、ヨガの学校です。
その人:下で、5階だと言われたから来たんですけど!
うちこ:(チラシを見る)なん階か、書いてないですねぇ。
その人:じゃあ何階へ行けばいいんですかっ!
うちこ:(知らんがな、と思いつつ)このお店は下ではないので、7階じゃないですかね。(下は通過するから覚えているもんです。そして、7階というのはテキトーです)
その人:7階へ行けばいいんですね。
うちこ:そうですよ! ニッコリ☆(ってことにしてクローズするしかない)
その人:(安心した様子でエレベーターへ)



「さっきこんな人が来たよぉ〜」とインストラクターさんに話したら、ちょっとおもしろい話をしてくれました。

  • この建物には上のフロアと下のフロアにマッサージ屋がある。
  • 下のフロアは、30分3000円くらいの相場。どの時間もまんべんなく人が入っている。
  • 上のフロアは、下のフロアの店よりうんと安いのだけど、人の出入りが少ない。
  • 上のフロアは、開店のときに「初心者でもすぐマッサージ師、採用」の段取りでアルバイトを募集していた。
  • 両方とも、間違えてくる人を見たことがある。

「価格の相場とお客さんの人柄って、あるよね」という話から展開する、癒やしマーケットの話がとても興味深かった。教室の受付に突然乗り込んできた人の、「誰かにこう言われたからこうした」「あなたがそう言うならそうする」という会話のトーンとも、深い関係がありそうだ。




お金にまつわる話に関係して(ふたつめ)
別の場所でヨガのインストラクターをしている友人から、こんな話を聞きました。
ドネーションクラスで、「ワンコインから」という目安をうたうと、先生に1000円を渡して「お釣りをください」という人がいるのよ』と。
まあヨガの場面ではよくある葛藤でしょう。



このとき、インドにいるときにあった出来事を思い出しました。(みっつめ)
わたしはインドのリシケシで英語のクラスをやっていたことがあるのだけど、リシケシはドネーションで受けられるヨガクラスがけっこうあります。
あるとき、日本人の20代であろう女性にクラスの時間と値段を聞かれて「このクラスは初心者用のハーフタイムクラスなので、100ルピーです(200円少々)」と言ったら、「無料のクラスを探しているので、お金がかかるなら、いいです」と言われました。
そのとき、なんというか



 ユーは、ヨガのクラス選びがアプリ感覚なんだね!



と思いました(英語で暮らしているときは、頭の中もルー大柴)。


という感じがスッと伝わってきた。シンプルな回答。
200円て日本だと破格なんだけど、ヤングのこのポリシーは新鮮だった。
ヨガが好きでクラスを探しているわけではなさそうだったので、



 好きか嫌いかもわからないものは、まず無料で探す。



「無料じゃないとやらない」と口に出すことはさておき、判断としては賢い。この判断基準は賢すぎて、五感や直感の判断をしのぐ勢いで広がっている。彼女のような賢者は、「このカレーは絶対にウマそうだ」という匂いをかいでも、冷静にまずはレビューを確認するのでしょう。これは、あることを考えるきっかけになりました。


ここまで手堅い判断基準を持った人たちが無料範囲を飛び越えてお金を払ってくれるものは、どういうものか。
わたしは100円の古本も買うけど、5000円くらいなら絶版本も買う。でも、無料の本は魅力を感じないか、なんとなく警戒します。「なにかの価値観の布教」を受けるような感覚がある。なので、「タダほど怖いものはない」という疑い抜きでいられることは、明るくていいな、と思う。いっぽうで、バランスの暗黒面を見ると、無料が前提の人にお金を出させようとすればするほど、黒魔術は強くなる。たとえば、こんな魔術。


  • 脳を麻痺させてくれる(時間と義務を忘れられる)
  • かなり「かまって」もらえる(承認される)
  • 周辺の人の利用率、おすすめ度が高い(孤独を感じなくてすむ)

いまのスマホのネット社会は、こっちに走っている側面もあるよね。
でも「タダほど怖いものはない」と思わずにいられるのはかなり健康的で、代償の要求を跳ねのける強さでもあるから、これはこれでヤングに期待したい新たなパワー。きっと価格を設定する側が使う「良心的な価格」というマジックワードにも、アダルトより敏感なはず。
この表現には、主観を客観風にする魔法がかかっている。本来は、自身の提供するものではなく、誰かへの褒め言葉として使う言葉。いまは「コスト・パフォーマンスがいい」という表現が登場したので、これから客観側はこの表現の方が力を持っていくでしょう。


わたし自身がこれから「ヤングアダルト」から「アダルトヤング」へシフトしていくにあたり、この時代をデジタル・ネイティブたちと過ごせるのはとてもおもしろい。最近、そんなことを思います。