うちこのヨガ日記

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聞き書き抄 解説ヨーガ・スートラ 第一講(日本ヨーガ禅道友会)


スーツ姿の佐保田先生のヨーガ・スートラを、ポロシャツ&カーディガン姿の佐保田先生がお話口調で解説しました、という内容。10回の講話を文字に起こしたもので、「解説本で、あそこはああ訳したんだけども、、、」というようなことが語られています。
この語りが「聞き書き抄」として、石田祐雄・監修/森忠行・編集&記者によって別冊化。書店では手に入らないのですが、京都にある日本ヨーガ禅道院で購入できます。


今日は


「第一講」のなかから、インド思想の潮流への疑問をほどいてもらったわぁ、と感じたところを紹介します。

<8ページ ヨーガの語源 より>
インドの哲学ってものは、セオロジー(theology)ではないんですね。神学ではなくて、アンソロポロジーと言ってもいいんです。アンソロプロフィーってこともありますけど、つまり、人間学なんです。インドの哲学ってものは神学では決してない。人間学なんです。
人間学が発達して神を取り扱ううってことは、そりゃ、ありますけれども、神から人間の方に下ってくるってことはないはずです。まず人間から出発する。人間を解明すると、人間が何であるかと、どんなものであるかということを明らかにすることが、インド哲学の第一問題なんです。だからインド学は人間学であって神学ではないと、こういうふうに考えたらいいと思います。

ここはインド思想全体のことを語っている流れからの表現。アンソロポロジー〜 のところはヨーガ・スートラが特徴的。古典に有名な神様の名前が登場しても、そこは神という役割として出てきているというより、力や働きの偉大さの表現として出てきている。


<11ページ ヨーガの学派 より>
 ラージャ・ヨーガというのは、これは王様のヨーガという意味なんですけれども、そこに心理的と、こう私が書いておりまして、それをヴィヴェーカナンダ(Vivekananda)は精神分析的とやっておるんですな、精神分析的。その方がいいかもわからない。つまり、人間の心理、心の中を、分析して行く。そういう方法をとるヨーガの一派ですから、心理的あるいは精神分析的と、こう言ってもいいです。あるいは、内省的と言ってもいいかもわかりませんね。

ハタ・ヨーガ・プラディー・ピカーで連呼されるラージャ・ヨーガのニュアンスではなく、びべたんの説く解釈を紹介しているあたりがたまらんです。こういう解説部分は、ジャッキー映画の最後のNG集のような楽しさがある。


<30ページ ヨーガの歴史 より>
『カタ・ウパニシャッド』は仏教よりも後ということに、一般になっておるんです。だからこういう証拠から、ヨーガってものが、一つの体系的な、システマティックな、組織的な行法として出来上がったのが、仏教より前だってことは言えないんです。

ヨーガ・スートラの第一章を読んでヨーガの微細さに感動しつつ、「これって仏教とどう違うんだっけ? 仏教瞑想カタログぽいけど・・・」というような混乱が起こるのは、このためか。


<31ページ ヨーガの歴史 より>
 ヨーガと言うのは、バラモンの中で出来たものだと、バラモン正統派の中で出来たものだと、こういうふうに言うことができるわけです。ところが、バラモンの派だけで出来たかと言うと、そうじゃないんで、仏教とかジャイナ教という教えは、バラモン正統派とは違った、異端の教えなんです。バラモン正統派の伝統の外で出来た教えなんです。ことに仏教ってやつは、バラモン正統派とは、ずーっと後まで競争相手になって行くわけです。そういう異端の教えなんですね。そういう仏教とかジャイナ教という、異端の教えの刺激を、バラモン正統派の人が受けて、そしてバラモン正統派の中で、作ったものが、それがヨーガなんだと、こういうふうに私は考えるわけです。

J・ゴンダ先生の「インド思想史」で淡々と解説されていることも、こうやって佐保田先生のトークにのるとわかりやすいんですよね。


<37ページ サーンキア・ヨーガ より>
インドの、このサーンキアの哲学は、心理学を基にした哲学なんです。で、その心理学がヨーガ心理学です。だからもともとヨーガとサーンキアの哲学とは、非常に密接な関係があったわけです。ことにそれには仏教とかジャイナ教、ことにジャイナ教の影響が大きかったんです。それがあったから、心理学から哲学つまり形而上学の方に転化することが出来たわけですね。で、一旦転化して、一旦変わってそこに、サーンキアの哲学という一つの哲学が出来てきますと、今度はその哲学を使ってヨーガの行法を説明するという、そういうことが起こってきたわけです。それをサーンキア・ヨーガと、こう言うんです。そういう僕の考え方は非常に自己矛盾的なところがあるように見えて、反対する人もたくさんあると思うんですけれども、いろんな証拠から、そういうふうに見ざるを得ないと、言うのが私の考え方です。

インド思想の「飲み込みあいっこ」や「小川が合流してまた別れていく」という側面は、学んでいくうちに「ああまただ」という感じで相関関係が見えてきます。佐保田先生がいろいろな本の中で示している「そういうものなんだ」というスタンスは、ぶっちゃけな書き方でかっこいい。




そして、第一講の最高の読みどころはここ。

<39ページ サーンキア・ヨーガ より>
ヨーガ学派の本命であるサーンキア・ヨーガの中に生まれてきたのが、『ヨーガ・スートラ』なんです。パタンジャリなんていうのは、仮に名前を付けただけで、パタンジャリという人が一人で書いたもんでも何でもないんですから。ですから、サーンキア・ヨーガというヨーガ学派の中、学派と行法とは別なんですよ、学派の中に発生したものが『ヨーガ・スートラ』なんだと。これは紀元前一世紀か二世紀頃から、紀元後五世紀頃の間に出来てきた幾つかの論文を、一番最後の五世紀頃にまとめたものが、この『ヨーガ・スートラ』なんです。
パタンジャリという一人の人がおって、机に向かって、一年か二年かかって書いたなんていう考え方では、この『ヨーガ・スートラ』ってものは分からんわけです。そうじゃなしに、長い、何百年かかって、ぼちぼち出来上がった論文を、たくさん出来たでしょう、その間に。その中から、誰かが、これとこれとこれが、サーンキア・ヨーガの学派にとって一番大事な論文だと、こう思って、それを一定の自分の考えでまとめたものが、これが『ヨーガ・スートラ』だと、こういうふうに考えればいいわけです。

昨年インド人の先生からサーンキヤ哲学の授業を受けたのですが、この佐保田先生のスタンスと同じように指導されていました。
インド六波哲学からブレイクダウンしていって、ヨーガ・スートラの1章の瞑想部分の解説に入る前に、まずサーンキヤを捉えておきましょう、という流れ。「パタンジャリって、著者じゃなく編者という感じで」「暗唱するものとしての編集という点でも、偉大」という説明から入っていく。
土台に「詠み人しらず」のスートラが多いからこそ、いろんな人が「パタンジャリの意図したことは、こうであったと俺なら読むね」という解釈を展開してたくさんのコメンタリー本が出る。
ヨーガ・スートラって、「カレーの基本レシピ」みたいな存在だなぁ、と思いながら学びました。



「パタンジャリ」って、なんというか、「あのパタンジャリとこのパタンジャリは同じ人ですか?」という議論にならないくらい、コードネームの域なんですよね。「写楽って北斎なの?」というノリとは違う。それはインドの国土地理からしてスケールが違うから当たり前なのだけど、小さな島国育ちの人間がそれを咀嚼してハラオチしてくるまではすごく時間がかかります。「どっちが正解ですか」「どっちが正しいんですか」という気持ちがあると学びに行き詰まる。
そんななか、「学術的な視点で正解を議論する人がいるから真面目に書くとああいうことになるけど、全体の流れからいうと、実際こういう感じだったんだと思うんだわ」ということを語ってくれる佐保田先生は、やっぱりすてき! これくらいの柔軟さがないと、やっぱり鮮やかなオレンジ色のジャージは着こなせないよなぁ。


ヨーガ禅道院はとても素敵な道場なので、京都観光の折には、ぜひ! と最後にいま一度プッシュしておきつつ、この続きをあと9回、ゆっくり続けたいと思います。


▼「聞き書き抄 解説ヨーガ・スートラ」の感想・つづきはこちら


★参考:佐保田鶴治先生の本の感想をまとめた本棚