うちこのヨガ日記

ヨガの練習や読書、旅、生活、心のなかのこと。

アーイタレーヤ・ウパニシャッド(紹介4:佐保田鶴治 訳「ウパニシャッド」から)

この本自体、すべてのウパニシャッドの訳ではなく佐保田先生によるいくつかの主要なものを抜き出した構成なのですが、最初に紹介した「チャーンドーギァ・ウパニシャッド」と「ブリハッド・アーラニァカ・ウパニシャッド」に多くのボリュームが裂かれていて、それ以降はボリュームダウンしていきます。それだけ、最初のふたつがすごい。
カタ・ウパニシャッド以降はかなりヨーガ的な要素を多く含むものが登場するようになります(後日の紹介をお楽しみに)。


「アーイタレーヤ・ウパニシャッド」以降は、「こころはこうやってできたんだよ」「それ面白いね! そうだ、こんなストーリーでも面白いんじゃない?」というノリで楽しんでいるのではないかと思うくらいの遊び心が出てきます。ものがたり、い〜っぱい♪ という感じです。
そのなかからひとつ、ご紹介します。

<宇宙と自我(アートマン)の展開>
感官の成立

 これらの諸神(火、風等)は生まれ出るや否や、かの大海の中へ落ち込んでしまった。彼(自我)はこれ(大海)に飢と渇とを混じた。それで諸神は困って彼(自我)に向かって「われらが安心して食物を食べられる棲処を造って下さい」と歎願した。
 彼(自我)は彼等の為に一頭の牛を牽いてきたが、彼等は「われらにはこれは充分ではありません」といった。そこで彼は一頭の馬を牽いてきたが、彼等は「われらにはこれは充分ではありません」といった。そこで彼は人間(プルシァ)を伴れてきた。すると神々は「これは実にみごとにできています」といった。人間は実際みごとにできている。彼(自我)は神々に「各自の棲処に入れ」と命じた。
 ここにおいて、火は語となって口腔に入り、風は気息となって鼻孔に入り、太陽は眼(感官)となって眼窩に入り、方位は耳(感官)となって耳孔に入り、草木は毛となって皮膚に入り、月は意となって心臓に入り、死は吸気となって臍に入り、水は精液となって陽根に入った。
 すると、飢と渇もまた彼(自我)に向かって「われらにも棲処を造って下さい」と歎願した。
「お前達もこれらの神々の仕事を分担し、従って神々の饋饌(きせん・御供え)に与(あず)かるようにしてあげよう」と彼(自我)はこの二人に許した。それで、如何なる神の為に供物が盛られようとも、飢と渇はその饋饌(きせん・御供え)に与かるものとなるのである。

感覚をつかさどる存在が先にあって、「われらが安心して食物を食べられる棲処を造って下さい」という願いにこたえるかたちで人間の身体が提供される。「こりゃいいね!」といって入っていくけど、「飢と渇」も平等にその身体に入っていきました。というお話。


ヨーガを行じていると、身体という車や自転車のようなものをドライブさせていただいている感覚(ジョギングでも感じます)に気づくことになりますが、それをこんな物語にされると、とても面白い。これはシンプルに面白かったです。

ウパニシャッド
ウパニシャッド
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佐保田 鶴治
平河出版社
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4 主要13ウパニシャッドの虫食い的抄訳
5 ヨガを日本に広めた先生が書いた本。