うちこのヨガ日記

ヨガの練習や読書、旅、生活、心のなかのこと。

イスラームから世界を見る 内藤正典 著

先月出たばかりの本です。帯のとおりですが、ニュースを見ているだけではわからなかったことが「各国の宗教意識と政治の事情」という軸できめ細やかに書かれています。今後世界情勢のニュースを見るたびに参照することになりそうな一冊。
「こころのこと」が、導入で分かりやすく語られ、イスラーム法然親鸞の思想の共通点を語るフレーズもある。一冊読み通した最後に「おわりに」「あとがき」を読むとジーンときますよ。

イスラームの教えは、日本人のわたしたちがやんわりと刷り込まれているイメージとはまったく違うもの」ということは、もうここで繰り返して書く必要はないくらい、数ヶ月何度も書いてきたのだけど、イスラーム周辺で起こっていることについて、著者さんは

 問題は、欧米諸国の偏見や先入観と、ムスリム側のでたらめなイスラーム法の運用が重なり合っているところにあるのです。(39ページより)

と指摘しています。
そして、「世俗化」「合理化」と同時に起こっている意識の問題について、各国の状況を浮き彫りにします。
わたしが付箋を貼って何度か読んだのは

  • 同じOIC加盟国でもインドとフィリピンではまったく構造が違うこと(63ページ)
  • アフガニスタンパキスタン国境、パシュトゥン人、タリバンISAF軍(国際治安部隊)の間で起きていること(74ページ)
  • エジプトの社会構造と軍の関係(91ページ)
  • イスラエルによるガザ封鎖と関係各国の利害関係、イスラームの同朋意識、そこに絡むアメリカ(93ページ)
  • 他のイスラーム国家と違って、イスラームともいえない少数のアラウィー派が政権をとるシリア・アサド体制の特異性(98ページ)
  • フランスの宗教嫌いっぷりとその影響を受けたチュニジア(135ページ)
  • ものすごいスピードで世俗化を推進した1923年〜2010年までのトルコ共和国の歩み(140ページ)
  • 1990年のメディアの自由化後2011年にはイスラーム主義のメディアに人気が出てきたトルコの状況(152ページ)
  • ソ連と戦うためにタリバンの原型「ムジャヒッディーン」を育てたアメリカと、イスラーム主義を軸とするタリバンの目標(169ページ〜)

飼い犬に手を咬まれたような状況が、あちこちで発生している。ニュースだけではわからない。
先日、イギリスはインドを「清潔」「安全」でマウントしようとしたけれど、もそもそもインドには「清浄」という独自の感覚があったために一筋縄ではいきようがなかったことを指摘した本(「インドの時代 豊かさと苦悩の幕開け中島岳志 著)を紹介しましたが、こころの部分にフォーカスすると、わたしたち日本人にも同じようなところがある。


<127ページ イスラームする人には邪魔な「国民国家」より>
 民主主義という新しいアイデアは、ヨーロッパをこまごまとした国家に分割しました。同時に、ヨーロッパから出て行ってアフリカ、中東、アジア、ラテンアメリカなどを支配して領土を拡大し、経済のもとになる資源を奪い取る一大潮流を生み出します。これが帝国主義ですが、言ってみれば、自分たちの国家が生き延びるために、自分たちの民族が繁栄するために、弱い劣った民族は支配されて当然だという傲慢な発想が原点にあります。アラブ諸国の独立は、第二次大戦によって支配者のヨーロッパが疲弊しきってしまった後に、支配された側が、かつて支配者が使ったのと同じ民族主義を武器に立ち上がったことによります。

そう。思想はたしかにいつも「新しいアイデア」なんですよね。

<205ページ 民主主義は当然のものか? より>
最近、イスラームへの回帰を強める人たちが増えてくるにつれて、悪いのは、民族と民族を争わせてきた民主主義そのものだ、と主張する人が増えています。イスラームに帰依することによって、争いの種になる(西欧から輸入された)民族主義などに心を奪われずに澄むようになる、と考えるようになってきたのです。

(中略)

 日本の場合も、近代国家として生まれ変わるには、西欧の文明を導入せざるをえませんでした。その西欧文明というのは、中世のキリスト教文明ではなく、近代になってキリスト教会の力が衰えた後に栄えた近代の西欧文明です。近代西欧文明というのは、前に書きましたように、キリスト教から離れていく過程で生み出された科学や啓蒙思想が基本にあります。
それなのに、近代西欧文明が宗教から分離していったことは封印したうえで積極的に受容し、天皇を頂点とする神権国家をつくるというのは、ずいぶん無理なプロジェクトでした。

ビジネスライクな用語の入り方が絶妙な感じがする。イスラームは、わたしの感覚では「帰るところがあって、わたしたちよりも先に動き始めた人たち」に見えます。
この本の『「アラブの春」とイスラーム』という章は、普段「ニュースで飛び込んでくる情報は西欧寄りなんだろうな」と思っている人には必読の章。シリアの複雑な事情についても説明がされています。

<103ページ ソ連を人質に取ったシリア より>
 そこには、シリアの実に賢い戦略がありました。ソ連軍を人質にとっておけば、イスラエルは間違っても攻撃してきません。冷戦時代というのは、ヴェトナムでもそうでしたが、他の土地でアメリカとソ連が戦争を起こしています。イスラエルが本気でシリアを攻撃するなら、それはアメリカとソ連が中東の地で衝突することを意味します。

(中略)

シリアのアサド政権には、およそ仁義というものは通用しません。イスラームを守っていると、どうしても神の命令に背いちゃいけないなぁ、という感覚が多少はあるのですが、シリアの現政権にはそれがありません。前に書いたとおり、イスラーム色がないのです。それは、息子のバッシャール・アサドの時代になっても変わっていません。

相次ぐ紛争やテロのニュースに「こんどはシリアか」と地理でばっくり認識するだけで、そこに「イスラーム」という言葉が出てきたら「危険」というフラグを立てる。そういう見かたかはイカンな、と思うこのごろ。

<26ページ わからないことは神に丸投げする より>
 事故や事件、そして災害で亡くなった方について、「どうして誰々さんは死ななければならなかったのか」というようなことばを耳にします。このような台詞というのは、ムスリムには考えられません。こう言われたら、ムスリムはおそらく耐えられないでしょう。「死ななければならない」ということはありえないのです。死ななければならなかったとするなら、それは神が、そう定めたからであって、他に原因などありえないと考えるのがムスリムです。
 それでは理不尽だ、原因を追究しなければいけない ── こう考えるのは西欧近代の発想を私たちが受け継いでいるからです。

こういう話になったときに思考停止するのではなく「じっと思ってみる」機会が多くなったのは、自然災害を畏怖する生活になったからだろうか。

<71ページ 国境線で区切られた地図からは見えないこと より>
 アジアのイスラーム圏について、とくに誤解しやすいのは、中東のイスラームと違ってアジアのイスラームは「ソフト」だという説です。(中略)しかし、イスラームそのものは、本質的に、どこでもいっしょです。(中略)マレーシアもインドネシアも、多文化、多民族の国ですから、イスラーム一色で統治することなどできません。

(中略)

 もともと、イスラームの教えというのは、一つなのです。イスラームは「1」という数字をことのほか大切にします。タウヒード(一つになる)ということを大変重視します。神の唯一性、コーランが一通りしか存在しないこと、信徒はムスリムとして一つの共同体をなすと考えることなど、唯一性はイスラームの根幹をなしているのです。

わたしはムスリムさんたちに対して「帰る場所があることがうらやましい」とよく書いてしまうのだけど、ここについては自分の思いをじっくり観察してみようと思う。ヒンドゥーよりも圧倒的に強固なこの感じは、イスラーム特有だ。それは、戒律の厳しさではなくて、戒律の由来にあって、コーランの中で展開するアッラーの包容力によるものなんだろうな。

<119ページ 政教分離民主化の条件か? より>
 先読みしてしまうようですが、いまのイスラーム世界を見る限り、自由な選挙を実現すると、イスラーム法の採用を望む人たちが多数を占めるように思います。これまで、チュニジア、エジプト、リビア、シリアのどれをとっても、実態は世俗的(非宗教的)国家でした。
その世俗国家で、富と権力の独占という不公正な状態が長く続いたわけですから、ムスリム市民にとってのオルタナティブは、「イスラームによる統治の実現」に傾きやすくなります。

「古きを求めて新しき」の想いが、世界の宗教人口の1/4近くの割合でドクドクとうずいている。この感じがニュースで伝わってこないばかりか、むしろ逆のバイアスで伝わっている。ITがそれに加担をしているというか、利用されている。
日本人がバカなのだとは思わない。従順で、疲れているんだ。


実は多くの人がニュースをイメージで見てはいけないことに気づいている。だから池上彰さんの番組や本が人気なんですよね。「わからないのは恥ずかしい」「バカだと思われたくない」というものそうなんだろうけど、「ほんとかな」というのもあるでしょう。情報格差以前に、「セルフ咀嚼力格差」みたいなものが日々ひろがっていて、でもどこから手をつけていいかわからないんですよね。
そのうえ、不確実情報の拡散も多くなってきた。せめて「本当にそんな考え方で起こったことなのか?」と立ち止まるくらいのことはしないとね。アジアのことは、留学していた友人がいたりその国の友人に聞けば話せるけれど、中東〜ヨーロッパは、正しい理解をしたいと思ったら自分で説明をとりに行かないといけない。しんどいけど、日本はそういう国なんですね。



この本には以下の国の話が登場します。最後にメモを添えておきますね。人名や組織名が出てきたところはそれも加えておきます。

そのほか、イギリス、フランス、スペイン、マケドニアブルガリアボスニア・ヘルツェゴビナアゼルバイジャンギリシャパレスチナレバノンパレスチナ、ヨルダン、リビア、バハレーン(バーレーン)、モロッコエチオピアスーダンタンザニアケニアモーリタニアセネガル、マリ、トゥルクメニスタン、タジキスタンキルギス、インド、インドネシア、マレーシア。
(第2章「イスラームの世界地図」に多くの図表が登場します)