先日ヨガクラスの前に、更年期のメンタルについて質問を受けました。
久しぶりにお会いしたかたが、わたしが昨年の秋くらいまで経験していたむくみを現在経験中というふうに見えたので「それ、あとで嘘みたいにおさまるから大丈夫ですよ」と話しました。
ポーズも意識的に楽しめている様子だったので、「これ、数年前のわたしだ・・・」と思いました。何をしてもむくみ続けていた時期がありました。パンデミックと重なっていたために、コロナ太りだと思っていました。
彼女はメンタルのことも教えて欲しいとのことだったので、この日は「精神科へ駆け込んだときの話」もしました。
これです。半年前のことです。
上記でBコースを選び、結局そのときに出してもらった薬は飲む機会がないまま過ごしています。
現在はホルモンの変調をオーケストラの構成として捉えてる
自分なりの観察を重ねて、現在は内面のトーンをオーケストラの構成を見るように捉えています。
オーケストラといっても、わたしの場合は小学生の頃に所属していた器楽部の構成なので素朴です。
- ティンパニー(打楽器):男性ホルモン的な活気・やる気
- コントラバス&チェロ(弦楽器):安定したリズムで支える理性・ペースを刻む冷静さ
- アコーディオンのテナー:物語を運ぶ情緒
- アコーディオンのソプラノ&電子オルガン:飾ったり親しみやすくしたり感情を伝える、女性ホルモン的な柔らかさ
こんなふうに自分の内部をその日の練習室のメンバー構成と同じように捉えます。
セロトニンはアコーディオンのパート。ドーパミンはティンパニー。というふうに。
具体的にはこんな感じ
「えー、今日ティンパニーいないじゃん」
→なんか気持ちが上がらない。迫力がない。
「今日、コントラバスに上手な人が揃ってるな・・・」
→安定して仕事が順調にグングン進んでる。昨日は全然ダメだったのに、なんで。
「今日はテナーの自己主張が強いな」
→必要ないところで自己主張したがってる。理性が弱ってる。
「ソプラノは上級生が遠征中。下級生だけで頑張ってる」
→少ないリソースで朗らかに振る舞おうと頑張っちゃってる。
こんなふうに「なんかこんな感じで変動しているな」と、そのときの構成を少し時間を置いてから観察します。
その瞬間は思考が落ち着かない状態なのだけど、数時間経つと観察できます。
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ちなみにわたしは電子オルガン担当でした。
昔から電子が好きだったのかな・・・。昔のことすぎて覚えていないのですが、演奏はその日のメンバー構成によって違った記憶と経験がいまになって役立っています。
なんかうまく噛み合わないとか、意外と順調に進むとか、そういう日々の違いを理解するのに、これだと身体経験記憶とセットなので腹落ちしやすいです。
毎日音楽室に集まって練習をしていた頃の記憶です。
ネガティブな思考について
「何もしたくなくてこのまま鬱になっていくのか」という心配は、コントラバスのメンバーが一人もいない状態が数日続いて、もうダメなんじゃないかと漠然と思う気持ちと似ています。
それでもその日のメンバーなりの演奏を試みていると、それぞれのその日の音楽が生まれます。
そういうことが、自分の体内で起こっているんだなと捉えています。
このイメージで捉えるときにわたしの中に指揮者の存在が皆無なのは、わたしは指揮の先生が好きではなく、信頼関係がなかったからでした。
それでもこの経験はすごく役に立っているので、好き嫌いの感情って本当に意味がなかったのだなと思っています。
先輩がリードする、生徒たちだけの主体的な練習のときに、指揮の先生がいなくても首を振って合図をして呼吸で合わせていった、あのときのイメージが役に立っています。
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みなさんの場合はどうですか? (どうでしたか?)
この日は「出かける用事を作ること」「カラフルなものを身につけること」とか、小さなライフハックの話もしました。
このマーラーサナ(というポーズ)も、わたしは安定感を取り戻すのにいいなと感じながらやっています。
上記画像は夜のスタジオの様子です。
現在の社会と人生のステージを観察・チューニングしながら、同時代を生きる人とヨガを楽しむ場をデザインしています。
▼ポジティブな用事が必要なときに、そうじゃないときにも、どうぞおいでください