まさかのアンデルセン・ブームがわたしのなかにやって来て、寝る前にお風呂で読んでは涙しております。
小夜啼鳥(さよなきどり)
中国が舞台の話。子供向けなのだけど、大人が読むとしみます。
個人的な大きな傷ではなく、社会経験のなかでこなしてきた、小さなかすり傷ぜんぶにジワジワ〜ンとしみる感じ。
いまの時代でいえば、いろんなサービスやツールがデジタルへ移行していくたびに感じる、なにかを切り捨てるせつなさ、コロナ禍で一般化した ”オンライン化” に感じる、これがデフォルト化したらなにかの感覚が失われていきそうな予感、そういうものを言い換えた物語に見えてくる。
どんどん世の中が便利に変わっていく間に押し殺してきた情緒がぶわっと解凍されるような、そんな感覚を得ました。
この物語で小夜啼鳥が話す自身のポリシーは、わたしがアンデルセンにハマるきっかけになった「絵のない絵本」の視点と似ていて、人生にはごく当たり前にアップダウンがあって喜びも絶望もあるけれど、それはそれとしてわたしはどっちとも当たり前に関わりますよというスタンス。
こういう視点を保ちながら、ちゃんと子供向けの物語としても成立していて示唆に富むって、すごいバランス感覚。
いやらしく説教めいた展開にならないこの抑制は、ちょっとクセになる品のよさです。
もみの木
教訓めいた話で、小夜啼鳥よりも直球です。
新卒でホワイト企業に就職できた人が、ちょっと慣れて飽きてきたタイミングでふらふらと新しい生き方インフルエンサーの話に引き寄せられ・・・、みたいなお話でした。
読めばわかります。あなたはこの話をなにに喩えるかしら。