自分と境遇がいちばん近い人とふたりで二十二年ぶりに外出をした。
前回はわたしたちが生まれ育った県に当時世界で最もモテていたサッカー選手がやってくる試合があって出かけた。すでにわたしは働きながら東京に住んでいて、ふたりで行ったらきっと一生の思い出になると思ってチケットを手に入れた。そうだそうだ。そうだった。会場で顔に国旗のペイントをしてもらって、大いにはしゃいだ。ワールドカップの日韓開催。
あの頃はまだ一緒に地獄を見ていなかった。
そんなわたしたちの超ひさしぶりの外出先は東京都内の区役所だ。
共通の親の死亡届を出しに行く。入り口の案内の人に目的を伝え、教えてもらった窓口へ行く。戸籍と年金。二つの窓口をハシゴしてみたものの、結局そこは本籍地ではないようだった。最後までよくわからない人だった。
ふたりでいろんな話をした。社会人同士になってからこんなふうに話したのははじめてのことだ。
圧倒的に足りない短時間の会話のなかで、子どもの頃にメッセージを受け取っていた共通の創造神の名が浮かび上がった。その神が残した物語の第十四巻を駅のキオスクで手に入れて読んだという、当時七歳だった彼の思い出話の後日談に自分が登場して驚いた。
まったく覚えがなかったけれど、その創造神への敬意は今も変わらない。彼が手にしたものより前に残された別の物語を信仰していた。
「ペンギン村こそ多様性だったよね」
そう話すわたしたちはもう中年になっている。
おじさんになった彼が、区役所の用事のあとに行きたい催しがあるという。当日券で入れるらしいので、名残惜しさもあって同行することにした。場所を聞くだけではピンとこなかったので、電車の中で検索してウェブサイトを確認した。
疑わしい情報が目に飛び込んできた。
「ねえこれほんと?」
にわかに信じられない内容だった。
「ここに名前が書いてある人、わたしが前に何度もチケットを取ろうとして取れなかった人だけど」
「どの人?」
話が噛み合わないのはしょうがない。なにせ二十二年ぶりなのだ。
「今からでも当日券で入れますって書いてあるよ」
先に天丼を食べ終えた彼がスマホを見ながらわたしに言う。リアルタイムで席の状況を確認できているようだ。
「ほんとだったらうれしい」
「たしかに特別豪華みたい。だけど入れるって表示されてる」
「ほんとかな」
窓口へ行ったら、本当に当日券で入ることができた。
その催しでは代わる代わる人が現れ、話が展開される。入ったときは空席が多かったのに、時間を追うごとに座席が埋まっていく。現実味が出てきた。いよいよその人の出番だ。ドキドキする。本当に出てきた。
夢のような時間はおよそ15分ほど。あっという間の出来事だった。
「すげぇ」
「でしょ」
その人の芸は格別だ。一瞬でハートをさらっていく。
これまでのことを全部忘れてその世界に没入した。自我のない時間を過ごした。
わたしたちのあたらしい神様。
弟にとても感謝している。
(この話は身近なフィクションです)