うちこのヨガ日記

ヨガの練習や読書、旅、生活、心のなかのこと。

粟野健次郎(「偉大なる暗闇」より)


三四郎」の広田先生のモデルには岩元禎のほかに、旧制二高(いまの東北大学)で英語教師をしていた粟野健次郎(1864〜1936年)という人物の説もあるそうです。
この人の語録が「偉大なる暗闇」で紹介されているのですが、広田語録のズッキュン・ポイントはまさにこの人が言いそうなことでした。たまらんです。


三四郎」のなかでも「不二山(富士山)ネタ」と「元旦ネタ」は名作と思うのですが、粟野健次郎語録を読んだらもっとすごかった。

<「偉大なる暗闇」138ページ 「独身者たち ── 粟野健次郎・狩野亨吉 ── 」より>
粟野健次郎の警句的ニヒリズム、斜眼の厭世主義といったものは、若い人々にはことに強烈なインパクトを与えていた筈であった。それらは何ら体系的ではなかったが、粟野健次郎の存在にしがみついたなぞの印象に収斂していったことによって、確かに人格的感化を及ぼしたのである。粟野の生徒の中から、吉野作造、内ヶ崎作三郎、小山東助(鼎浦)といったクリスチャンの学者、政治家が輩出したのは粟野の宗教罵倒論が生んだ不測の成果だという説もある。ともあれ『追懐録』や登張竹風の『山房随想』から「粟野語録」を摘記してみよう。

  • 麝香(じゃこう)は獣のわきがから作り、酒はバクテリアの糞であり、薔薇の芳香は肥料の変形である。
  • 花は植物の性器である。
  • 聖人は多く偽物だ。倫理の先生よりも亀の子たわしを工夫した人の方が世を益してゐる。
  • 全集を買ふ、このくらゐ馬鹿らしいことはない。
  • 珍書とは再販の価値なきものを云ふ。尊い本ほど安く買へる。聖書等は只でも呉れる。
  • 自分の学識豊富なれば教授法など自然に分つて来るものである。
  • 考へることは悪いことだ、考へれば信仰がなくなる。


 時代を考えるなら、これらの警句は学生にとって最上の刺戟であった。これ以上高級でもこれ以上低級でもいけなかった。その意味で粟野健次郎は骨の髄からの教育者である。

いやいやいやいや。「獣のわきが」はこの時代でもいきすぎでは? と思うよ。
漱石の表現は「ほんとうのこと」と「大衆へのおとしどころ」をすごく模索して、抑えて抑えて、でも漏れ出ちゃってる感じなのだけど、粟野先生の発言はハンパない。
そして限りなくあの広田先生に近い。



広田先生のボディと習慣は岩元禎、発言はほぼ夏目漱石だけど、モーレツにパンチのあるやつは粟野健次郎。という感じがする。そして与次郎の書いた「偉大なる暗闇」のなかの発言(禿のとことか)も、きっと粟野健次郎!
この本を読んで、わたしはそんなふうに感じました。
インド思想でいうとチャールヴァーカ派っぽいんだよなぁ。粟野先生。たまんないなぁ。


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