うちこのヨガ日記

ヨガの練習や読書、旅、生活、心のなかのこと。

出版大崩壊 電子書籍の罠 山田順 著


2011年3月に出版された本なのでその後状況は変わっているけれど、前半は「なるほど、うんうん」と思いながら読みました。
第8章までは「出版社の人が書いた本」として普通の感覚で読めていたのだけど、第9章からはトーンが変わって「ネット憎し」という思いが捻じれて噴き出している印象を受け、わたしは違和感を感じました。著者さんはカッパ・ブックスが毎年ミリオン・セラーを出していた頃に光文社に入社した方とのことで、かなり勢いのある時代を経験されているのでしょう。基本的に同業者向けに書かれている文章に見えます。



出版はウェブと違って作家、編集者(担当)、出版社(会社)、取次、書店というふうに関係が複雑ななかにアマゾンという黒船がやってきた業界ですが、出版の仕組みがわからない人には、このなかで「作家」はあくまで自由な存在に見えていると思うんです。この本は「編集者・出版者がいないと、ゴミコンテンツばかりが世にあふれることになるのじゃぁ〜」という神のような語り口が散見されるので、出版に関係ない人はこのモードに混乱するのではないかな。
とはいえ、中の人なのに購入者の気持ちが見えているところもあります。ほんとにそうだな、と思ったのはここ。

 出版社の販売部と販促部の主な仕事は、平台と棚の確保である。そのためにはブツ(本)が多くなければならない。そこで、「○○は今度5周年ですから、5周年フェアをやりましょう」などという発想が生まれる。また、季節ごとに、たとえば夏なら夏の読書フェアなどということを企画する。フェアをやれば供給量を増やせ、平台と棚の確保ができるからだ。
 しかし、たとえば、「××ブックス」が何周年を迎えたからといって、読者の日常とはなんの関係もない。いったい誰がそのことで本を買うだろうか?(83ページ)

やっていることはスーパーで食品メーカーが催事棚のスペース取りをするのと同じなのですが、食品と圧倒的に違うのは「ユーザーの生活リズムや季節性に関係のないことをやっている」ということでしょう。




ここは、なるほど! と思った説明。

<第8章 著作権の呪縛 フェアユースとオプトインの「壁」より>
日本は「オプトイン」の国で、著作者の許諾と同じように、メールを送る前に「広告メールを送りますがいいですか?」と許可を得ないと、メールを送れないことになっている。オプトインもオプトアウトもともに拒否する権利だが、その方向性はほとんど正反対で、日米はまったく逆だ。

初期のmixiが日本式でじわじわやっていた雰囲気と、いきなりあれこれ繋いじゃって「拒否もできる仕組みでしたが」というFacebookの態度の違いを思い出した。




悲観のしかたは、ちょっとずれてる感じがしました。

 本来、本というのは長期的なメディアである。それが本の価値でもあったが、そうした側面は無視され、いまや出版社も書店も「即売れるもの」だけを追求し、本は単なる短絡的な消費グッズ、消耗品に過ぎなくなってしまった。(80ページ)

最近は本のほうが、テレビやラジオや新聞の市場を奪えていると思うんですが、ちがうのか。即売れるものも図書館に入って予約がいっぱいな状況のほうがおかしいと思う。




収益構造を変えようという意向で書かれたものではなかったので、「前例がないと動けない体質の業界はほかにもいっぱいあって、たぶん見る方向が違うんじゃないかな」という思いで読みました。そうこうしているうちに、想像よりも遅いとはいえKindleユーザーは着実に増えていますし、ここで問題視されているクオリティの土俵に乗らない本もセルフパブリッシングされています。
コンテンツもテキストも莫大に増える中、「本当にいいもの」という幻想であらたな権威を作り出そうという発想はつらいと思いますし、出版社が危機感を感じるべきところは作家との関係じゃないかと思います。全部自分でやらなくても、作家が個人で編集・校正者を選び、デジタル出版代行作業者を選び、プロモーションはウェブで自分でやります、というふうになったとき。書店の棚を取れる営業力とかコネクションとか別にいいです、となったとき。電子で読む層だけに訴求したい本って、実はけっこうあると思うんですよね。だってある意味読み手をフィルタできるんだもの。売れれば売れただけOKではなく、○万部以上売れたらむしろやばい、みたいな本があっても不思議じゃない。
わたしは本をよく読むけれど、高校生までは小説しか読まなかった。いまはテレビや映画をあまり見なくなって、本を読んでいます。たぶんこれからの時代は、「よいテキスト」を読みたい人に届けることを考えるなら、テキストが生活に寄り添う瞬間を想像できたもん勝ちなのだと思います。

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