昭和53年に書かれたものを底本に、1997年に発刊された本です。宇野千代さんと同棲されていたことがあるという画家「東郷青児」さんの絵と宇野さんの文章。艶っぽさ、不気味さ、悲しさ、可笑しさが織り交じっていて、読んでいる間に子ども心になってみたり、乙女心になってみたり、男心になってみたり。とても素敵な絵本でした。
短編がいくつも入っているのですが、どんな人にも、なにかのときの気持ちを思い出させる引きがねがあるのではないかしら、と思いました。
わたしはこの絵本の中の「月光」というお話のなかに、そんなことがありました。「はる子」という女の子が、奥さんのいる三郎という男性の家に、夜勤の父が仕事から戻る朝までの時間をすごす生活をしているというお話。この「はる子」という子が男性に可愛がられている要素。「小さくて、ぜいたくでないお前はかわいい」という表現。要するに金も手間もがかからなくて好都合だと。文章で見るとちょっとかわいいお話のように思えるけれど、まったく必要のない愛の言葉。相手が犬でも猫でも変わらない。
ちなみに、この身勝手な男の名前が「三郎」なのが笑えます。天風先生からとったのかしら?
もうひとつ、「烏賊」というお話がとてもよかったです。年上の栄養士の女性に恋焦がれる男の子のお話で、「おばさん」と呼ぶほどの歳の差。思い切って告白しようとするところの描写からが、とてもいい。以下がクライマックス。ものすごい短編。(ほぼネタバレ)
──だんだん、神経衰弱のようになって了ったんだよ。とうとう或る日、僕はそう言ったの。
「なんだか眠れないで弱っているんだけど、」
するとね、僕の方ではそう言ったから、まァ、多少とも僕のことが気がついて呉れるだろうと思ったのだが、──じっと例の上眼をして言うのだ。
「烏賊をおあがんなさい。烏賊を。」
こうなのだよ。眠れないときには烏賊を喰べるに限ると言うのさ。
おばさんは、わかっているのよと。ね(笑)。
そんな、タイトルどおりの「大人の絵本」なのでした。


★おまけ:宇野千代さんについては過去に読んだ本の「本棚リンク集」を作っておきました。いまのあなたにグッとくる一冊を見つけてください。