うちこのヨガ日記

ヨガの練習や読書、旅、生活、心のなかのこと。

人形の家 イプセン 作 / 原千代海 訳


意思をもつ新たな時代の女性の姿を描いたといわれている、1879年の戯曲。二度読むと第一幕に伏線のようなセリフがあって、すごくおもしろい。
これは男性による女性への支配欲だけでなく、女性にありがちな妙な尽くし欲(なんといったらいいかね、これ)のようなものもあって、共依存のおそろしさにサスペンスのような脅しが絡み、さらに悪人正機のような展開もある。いろいろな要素を含んでいます。


1879年の作品だけど、第三幕のノーラ(妻)の「自分を教育しなくちゃ」「あたしは、何よりもまず人間よ、あなたと同じようにね」というセリフに、西洋の多くの女性が勇気や生きる感触を得たりしたのでしょうか。男性たちはどうリアクションしたのだろう。日本では1911年(明治44年)に坪内逍遥の私邸で公演されたそうで、1908年(明治41年)に書かれた夏目漱石の「三四郎」にはイブセンへの言及が何度も登場します。影響がぐわーっと来ていたのかしら。


わたしは、第三幕のヘルメル(夫)の「愛するもののためにだって、自分の名誉を犠牲にする者なんかいやしないんだ」という本音のぶちまけかたが、「いまの時代にこれを言ったら吊るされるよね」というふうに見え、当時とは全く違う時代なのだよな今は…。というのが妙に沁みてきました。
この本を読みながら、映画「フレンチアルプスで起きたこと」と「ゴーン・ガール」が頭に浮かびました。


わたしはヘルメル(夫)のセリフに「あーあ。言うかそれ。知ってるけど」となるのです。
▼第三幕のヘルメル

── おれに寄っかかってればいいんだ、── 助言もしてやる、指導もしてやる。そういう女の無力さは、二倍も魅力的なんだ。そのお前がわからなければ、おれは男といえやしないさ。最初びっくりしたときに、おれの言ったひどいことなど気にするな。あのときは、何もかもおれの上に崩れかかってくるような気がしたんだ。

時代劇に出てくる越後屋のエロジイイっぽい。



わたしは、なによりこの会話が印象に残りました。

(第一幕より)
ランク:どうですか、あなたの町にもそういう連中がいますかね、道徳的に腐敗した者を嗅ぎ出そうと盛んに走りまわって、そうして患者が見つかると、そいつを何か割のいい職につけて、自分たちの監視下におくっていうような。健康でちゃんとした者は、指をくわえていなくちゃならん。
リンデ夫人:だって、そういう病人こそ看護の必要があるんですもの。
ランク:(肩をすくめ)どれ、それ、そういう考えが社会を病院にしてしまうんです。

「健康でちゃんとした者は、指をくわえていなくちゃならん」「そういう考えが社会を病院にしてしまう」って。
最終的に悪役のクロクスタが純粋に見えてくるのもおもしろい。



この本は夏目漱石の「三四郎」にイプセンニーチェがセットで出てくる話が2箇所あって気になり、読みました。

イブセンの人物は、現代社会制度の陥欠をもっとも明らかに感じたものだ。我々もおいおいああなってくる
(7章の与次郎のセリフ)

もう、「健康でちゃんとした者は、指をくわえていなくちゃならん!」ってところで膝を打っている時点で、敗北感。
思想は画期的なのだけど、会話は今の時代だったら炎上しまくるようなことばかり書いてあって、どきどきします。「二次元でやれ」といわれそうなことを三次元でやってる感じが怖い。でも示されていることはすごい。「すごい」と「怖い」が交錯したままストーリーはジェットコースターで、いっき読み。まだ読んでいない人は、ぜひ。


▼紙の本(わたしが読んだのは岩波版)


Kindle青空文庫版が読めます

人形の家
人形の家
posted with amazlet at 16.09.09
(2012-09-13)