うちこのヨガ日記

ヨガの練習や読書、旅、生活、心のなかのこと。

認める情報、スルーする情報

わたしはなにかに賛同を求められる流れでも、「いいえ」と断わることが普通にあります。普通にあるなんていう言い方をしないといけないことのほうが問題なのですが。
今日は「嫌われる勇気」というような話ではありません。「流されない」とか「軸がある」とかそういうことでもありません。情報の受け取りかたの話です。ちょうどいい題材があったので紹介しますね。



こういう情報はあたりまえに認めます。
カプチーノと紅茶が人気なのね。ということがわかる。
サイゼリアでめっちゃ飲まれてますね、カプチーノ




こういう情報はスルーします。
でもこういう印象の情報って、思考停止しているときにちょっと背中を押してくれる。仕事帰りに夜のスーパーで見るこういうPOPはちょっと助かるというか、「考えさせないでくれて、ありがとう」という気分になる。でも、主体的に思考するモードの人にこういう情報を提示するのは逆効果になることもある。


わたしはいつも頭の中で「これは結果の情報か、印象の情報か」と、ひよこの雄と牝を瞬時にポイポイ振り分ける人みたいなことをしています。こうすることで、あまねく拡がる支配から身を守ることができ、少し自由になれます。

ヨガを教えている人、習っている人、どこかのヨガサークルに所属している人。いろいろな人からお話を聞くことがありますが、そのなかにある「迷い」は、もとの情報の振り分けをしていないことが原因のように見えます。
わたしが経験から言えることは、「あなた自身が情報の選別をしないかぎり、主体的に思考しないモードの人間関係の悩みから抜け出ることはないでしょう」ということなのですが、なかなかいい説明が思いつかなかったんですよね。でもちょっといい材料を見つけたので、今日は参考までに、わたしなりの脳内処理のしかたを紹介してみました。
わかるかなぁ。このかんじ。