うちこのヨガ日記

ヨガの練習や読書、旅、生活、心のなかのこと。

奥様はクレイジーフルーツ 柚木麻子 著


柚木麻子さんの小説は黒柚木・白柚木に分かれますが、これは白なんだけど頑張って性のテーマにチャレンジ。といったところなのかな。ひとつ前に読んだ「ナイルパーチの女子会」がすごかったので、わたしはあらためて黒柚木ファンであることをこの本で認識しました。
とはいえ30代女性のやり場のないあの余剰エネルギーや、暴力的な思考などなどのことをたいへん上手に拾っていて、なるほどこの設定で書いてくるかと思った場面がいくつかありました。主人公はこれから子どもがほしいと思っている奥様。結婚前に恋人がいた時期もどこかむなしかったという過去を思い出しながら、こんな心理描写があります。

季節の移り変わりや人の気持ちに鈍感だったあの日々のざらざらした手触りを思い出し、小さく身震いする。二度と戻りたくない。

小説自体は明るい感じで進んでいくのだけど、ずっと「自分は、求めすぎなのだろうか」という葛藤に包まれています。



以下のあたりは、たぶん突っ込みながら読むところ。

 面倒くさい、というマイナスの感情が、人の一生を形成しているんじゃないかと思うことがある。もしかして、初美がもっともっと努力すれば、事態は好転するのかもしれない。エステに通い、毎日美しい下着を身につけ、脱毛を欠かさず、性的魅力を振りまけば、夫だって情熱を取り戻すのではないか。いつかはしてみようと思うが、今はしたくない。第一、夫だって努力をしていない。

で、この小説はなんと「そんなことではない」と言う方向へ進んでいく。



こういう方向へ。

最近の初美は動揺したり、悲しくなったりすることがほとんどない。頭にあるのは少しでも時間を見つけて身体を動かすことと糖質を避けることだ。

こっちくるんだよねぇ。そして「優雅な肉体が最高の復讐」であることを悟ったかのような感じになり…、という展開。



上記の方向へ行く前に、マルチ商法にはまってしまった昔の同級生に営業される場面があるのだけど、そこでの会話も印象に残る。

「定期的に試験があって、季節が変われば学年が変わって、入学式があって、卒業式があって。目に見える形で、ちゃんとオーケーを出してもらえて、安心して先にすすめた……。でも、今は……」
「自分で自分にオーケーださなきゃいけないのって、しんどいよね。私も同じ」

資格ビジネスも、こういうところ狙いだもんなぁ。
定期的に自分にオーケーを出す方法は自分の心身の中に求めるしかないってことをガツンと認識できる年齢って、けっこう遅いと思うんですよね。


ストーリーは軽いテンポなのだけど、投げかけられる問いは「他人の根源的なところまで概念でコントロールできると考えること」の浅ましさ。
作品によってノリはまったく違うのに、問いはいつもけっこうズッシリくる。働きすぎて我を失ってしまった女性を「あっちへいってしまった、かわいそうな女性」という視点で語るのではなく、「戻りたくない」とか「機会があれば、違う形でわたしもそうなりそう」という思いを抱えたまま、その元にある罪悪感の正体を探っていく。
そういうことをいろんなタイプの小説でやっていて、柚木麻子さんは「ひとり藤子不二雄」みたいな感じがする。奥様じゃなくてもセックスレスじゃなくても、もっとイケイケでもぜんぜんそうでなくても、ちゃんとエンタメになっているのでマンガ感覚で刺してくれます。つんつん、とね。


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