うちこのヨガ日記

ヨガの練習や読書、旅、生活、心のなかのこと。

お茶をどうぞ 向田邦子対談集

テレビ関係者や作詞家、作曲家、ファッションスタイリスト。なんとも魅力的な人々との対談集。
徹子の部屋」からの書き起こしもあって、いまから40年前の売れっ子女性脚本家・エッセイスト・小説では直木賞作家かつライフスタイル・アイコンのようであった才能の塊のような女性がどんなふうに対人的に振る舞って来たかがよくわかる。
嫉妬で呪われないように自虐とファニーを使い分け、男性はもれなく立て、さらにダメな男の人の方が魅力的だというサービスも忘れない。そうやって楽しく暮らせる落としどころを見つけてる。

 

それでも直木賞を受賞すれば「恥を知れ。辞退しろ」「中年女の欲求不満」と誹謗中傷を受け、不幸の手紙が届き、好意的な反応の範囲であっても「ネタにお困りでしょうから自分の人生を小説にしなさい」と長々自分語りをしてくる人までいて大変! この対談の相手は黒柳徹子さんで、そういえばまえに「トットの欠落帖」を読んだときに、亡くなったマネージャーのかたは(自分が誹謗中傷を見ないでいいように)嫌なものを見ることを引き受けてくれていたとを書かれていたのを思い出しました。


それにしても・・・。まあとにかく笑える。
転勤で東京から鹿児島に移り住んではじめてパパイヤを見て、祖母に「カボチャのくさったのだからおよし」と言われた話もおもしろいし、共に父親からDVを受けていた母親に「どうしてこんな人のところにお嫁にこなくちゃならなかったの。ほかにいなかったの」と当時言ったのだけど、実際ほかに縁談はあったという話でオチがついていたり、不満と怒りとやる気と舌をペロッと出す気持ちがごちゃ混ぜ。

 

印象的な発言がふたつありました。
ひとつは、精神を感覚的にとらえている以下のつぶやき。阿久悠さんとの対談の中で話されています。

ケチの話と戦時中はモノがなかった話、ああいうのは猥談に似ていると思いませんか。精神としては猥談じゃないかな。

これに対して阿久悠さんも「そうなんだ。それでなきゃあんなにするわけないですよね(笑)」と答えていて、自分たちはどこで遊ぶことへの罪悪感を埋め込まれたんだろう…と掘り下げていく会話からこの展開に至るから、なんだかおかしい。

ほかにもときどき自分の中にある儒教的刷り込みを振り返るようなつぶやきがあって、読みながら自分もハッとします。


もうひとつは、人格をつくる要素を感覚的に捉えている話で、分析がリアル。

わたしね、ダンプカーの荷台に乗せてもらったことがあるんですよ。その時、自分でびっくりしたんですけど、とっても残酷な気持ちになってるんですね。わたし、そんなに残酷な人間じゃないと思うんですよ。並みだと思うんですけど、歩いている人がクズに見えてしょうがないんですね。なんてぼやぼやしてやがんだろって思うんですよ。とっても荒っぽい気持ちになるんです。あそこに乗ると、ほんとに人格変わりますよ。死角があることは事実ですね。だから、鼻の高い人とか、眉目秀麗に生まれて、欠点のない容姿を持っている人は、ダンプカーに乗ってる運転手さんみたいじゃないかなと思うんですね。
常盤新平さんとの対談より)

直前まで偉い人と美男子はどうも苦手だと言う話をしていて、突然この話になります。なんでダンプカーの話? と思うのだけど「死角があることは事実ですね」からいきなり転調して戻ってくる。戻し方がすごい。


男性との対談で女が信用できないという話をしている部分などは、女は平気で嘘をつくと発言した現代の自民党女性議員と似た感じ。でも最後にしれっと帳尻合わせをしている(この本の最後のひとことでもある)。ちょっとダメで不器用で出世しないような人に惹かれると延々話した後で、こうくる。

男の人がステキだなあと思うのは、お金を出す時と、髭を剃る時と、死ぬ時ですね。

同業者との対談ではものすごく立ち位置を考えて話していて(相手が山田太一×倉本聰×橋田寿賀子という面々)、ファッション・スタイリストの原由美子さんとの対談ではちょっとお姉さんでめんどくさい人になっている。この変化っぷりもまたかわいらしい。


男性の前でときどき女性全般を下げる話しかたはこの時代のワーキング・ウーマンの処世術のひとつだったのだろうなと思うのだけど、それ以上にしれっとユーモラスに反撃してる。女性の意思を受け入れられない人の心の道理をしっかりつかんでいるかのような。こんなふうにつかんでしまっている人がいたから、この種の会話の型が定着してしまったのか。

・・・と、ここまで書いて、子どもの頃に見たタンスにゴンのCMのフレーズ「亭主元気で留守がいい」をふと思い出しました。当時は意味が分かっていなかったけれど、あれがウケた社会の雰囲気だけは記憶しています。いま自分はそのCMに出ていたおばさんたちくらいの年齢なのだと思うのだけど、あの表現をふたつの意味で失礼と感じるようになっています。時代は少しだけ変わったみたいです。

 

お茶をどうぞ 向田邦子対談集 (河出文庫)

お茶をどうぞ 向田邦子対談集 (河出文庫)

  • 作者:向田邦子
  • 発売日: 2019/01/08
  • メディア: 文庫