うちこのヨガ日記

ヨガの練習や読書、旅、生活、心のなかのこと。

筋肉痛が認識できなくなった。鈍くなったのか強くなったのか贅肉で薄まったのか

これまでと違うヨガスタジオに通い始めて(以前の場所がクローズしてしまいまして)、ここ数週間で二人の講師のかたから「ヨガ歴、長いですよね」と訊かれました。
新入りの練習者が怪我をしないようにさりげなく様子を見ていたら……あらこの人ったらケロッとしちゃって! そんな流れからの楽しい会話。
10年前とは違っていまはヨガ歴が長い人も増え、いちいちラベルづけもされないから、どこへ行くのも気楽です。ほんとうにいい時代。

 


そして最終的には体幹の話で盛り上がる。
講師と練習者の間でこういう話がしやすくなっているのは、何十年もかけてヨガがワークアウトとして定着したからこそ。一般化のために明るくポジティブでおしゃれなイメージを貫き、普及に努めてくださった人たちのおかげです。

 


練習中はリードをする側とされる側に分かれているけれど、もんじゃ焼き屋さんがプライベートでお好み焼き屋へやって来て食事を楽しむのを見ながら、提供する側もその手つきを見て「慣れてるね」とニンマリしちゃう感じ。根掘り葉掘り訊かない。
寿命が延びて人間同士が長く現役で交流していくこれからの時代は、専門性や人脈で垣根を作らず話ができるソフトスキルこそがモノをいう。これは20年間ウェブの仕事をしてきて、ほんとうによく感じることです。仕組みの理解さえ通じ合えればいい、そういうコミュニケーション。

 


そして年齢を重ね、「筋肉痛になったりしませんか?」と言われた時には、別の問題が生じています。「足がつったときはわかるんですけど、さて……」としか答えられない。
だって最近のあたくしときたら、腕は五十肩の痛みと区別がつかないし、移動が減ってからは首や肩をほぐすのに時間がかかるし、 “およよ” が平常運用。痛いといったら全身が痛いけれど、それと運動の関係性だけを抜き出して追うことができない。きっと贅肉が筋肉痛を薄めてくれたのだと思うことにしています。

 


いずれにしても、身体を動かすとスッキリします。
人と人とが引き離されるパンデミックの中で、よく知らない者同士が練習をきっかけに笑顔で話せるだけで、じゅうぶんすぎる恩恵を受けている。
お互いいろいろあるけれど、たまたまここで意気投合した♪  くらいの感じがいい。自分の世界を制限せずにいられるのって、しあわせなことです。
人生は思いのほか長いから、好きなことだからこそ、長く楽しめるようにしなくちゃね!

 

 

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