うちこのヨガ日記

ヨガの練習や読書、旅、生活、心のなかのこと。

ヘルマン・ヘッセの「シッダールタ」とカーマ・スートラ

先日新潮文庫(高橋健二 訳)の「シッダールタ」を読んだことについて書きました。
その感想の中でも触れましたが、この本を読むとヘルマン・ヘッセの細やかさがひしひしと伝わってきます。ヨーガの背景の勉強を漠然とむずかしそうだと思っている人に、ひとまずシッダールタを読んでみなはれ! と言いたくなる。
なかでも草思社バージョン(岡田朝雄 訳)はよくここまで少ない文字数で雰囲気のある訳にできるものだ…と、感動的ですらあります。この感じはバガヴァッド・ギーターの田中嫺玉訳をはじめて読んだ時と少し似ていて、心の深いところに伝わる日本語訳ってあるよなぁ…という感覚。

 

そんな奥行きでどこまでも味わえる「シッダールタ」について、今日は別のところを掘り下げて紹介します。どの訳でも共通して登場する「木登り」という女性のしぐさについてです。
この描写が登場する場面は、主人公が書物の知識としてそれを知っていても、経験として全く知らないこと、そして本人が魅力的な男性であることをあらわしています。ヘルマン・ヘッセはこんなふうに書きます。修行僧である主人公が修行組織を離れてはじめて女性と会話をする場面です。

彼女は彼と冗談を交わし、もう食事はすませたのか、沙門は夜ひとりで森の中で眠り、女を近づけてはならないというのはほんとか、とたずねた。そう言いながら彼女は左足を彼の右足にのせ、愛の手引書で「木登り」と呼ばれている種類の愛の享楽に男をうながすときにするしぐさをした。
<「シッダールタ」高橋健二 翻訳 (第二部「カマーラ」より)>

ここで「木登り」いきなりくるか? と、けっこうびっくりな展開なのですが、主人公がそのあとものすごいショート・カット行為に出るため、つい忘れてしまいます。

 

「木登り」はカーマ・スートラという愛の教科書に登場します。古来のインドでは女性との接し方を目的別に細かく学ぶ学問が基礎学問のような扱いだったんですよね…。ほんとうにおもしろい。性愛に人生の価値を置いている。

 古来からインドでは、人生における三大価値(トリ・ヴァルガ Tri-varga)として、ダルマ Dharma(法、宗教的な)、アルタ Artha(実利)、カーマ Kama(愛欲、性愛)をあげるが、さらにモークシャ Moksa(解脱)を加えて四大価値(チャトゥル・ヴァルガ Caturvarga)としていて、学生が学ばねばならぬ一八明(みょう)ないし三ニ明のなかにかならずカーマシャストラ Kamasastra が含まれていた。シャーストラは、有名な『カーマ・スートラ』(愛経、ヴァーツァーヤナ作)、『ラティラハスヤ』(愛秘、コッコーカ作)、『アナンガランガ』(愛壇、カリァーナマッラ作)など、一○○種以上にのぼっている。
(「インド・東南アジア紀行 エロスの神々を訪ねて」宗谷真爾 著/61ページより)

 


さあさあさあ、今日の本題はここからです。
カーマ・スートラは「木登り」のあとがさらにおもしろいのです。「木登り」のほかに3種類あって、全部で4つあります。
以下、東洋文庫版「完訳 カーマ・スートラ」第二篇 性向 第二章(八)抱擁の様式 からの引用です。

 「蔓草の纏わり」「木登り」「胡麻と米」及び「牛乳と水」の四種類の抱擁は性向に際して行われる。
 シァーラ樹に蔓草がまといつく如くに女が男にからみつき、彼に接吻をするために顔をうつむけるか、或いは微かにシートと声を発しながら顔をあげ、彼に身体をまかせたまま暫くの間愛情をこめて彼をみつめるべきである。これが「蔓草の纏わり」である。
 女が一方の足を男の足上に載せ、他の足を男の太腿に置くか、或は女が一方の腕を男の背に置き、他の腕で彼の肩を押し下げるようにして彼にからみつき、微かにシートと声を発し、或いは呻き声をだし、彼に接吻するために攀じ上るようにすべきである。これが「木登り」である。
 この二者は立ったままで行われる。

上記二つはスタンディングのシリーズです。

次からはシッティングのシリーズ。なんたってネーミングがいい。「胡麻と米」「牛乳と水」の違いはこのように書かれています。

 寝床に臥して、二人が宛も闘技に於けるのと同様に脚と腕とで互いにしっかりと抱き合うべきである。これが「胡麻と米」である。
 情慾のため盲目となり、苦痛を無視して、女が男の膝の上に坐って顔を向い合せて彼に縋りつくか、或いは寝床に臥せて、宛も互いに這入りこもうとするかのように抱擁する。これが「牛乳と水」である。
 この二つは情熱が昂進したときに行う。

胡麻と米」がまるでヒクソン・グレイシーの技を想起させる世界観で記述されています。もう、このまじめな文体がたまらない。これを読んだ後はハタ・ヨーガの教典の文体にも格段になじみやすくなります。

以下の角川文庫版は古本屋で100円で見かけたりするので、見つけたらぜひ入手してください。

なぜそうするべきなのかの説明がたいへん興味深い書物です。