うちこのヨガ日記

ヨガの練習や読書、旅、生活、心のなかのこと。

神曲 煉獄篇 ダンテ 著 / 三浦逸雄(翻訳)

わたしはこの本ではじめて煉獄(れんごく)という言葉を知りました。天国と地獄の間にあって、ここでがんばれば天国へ入れたるよーという、なんだか三位決定戦の試合会場のような場所。地獄にいた人たちがとてもおもしろかったので、そのあとに読むと「地獄のほうが楽しそう」なんて思ってしまうのですが、それはあくまで外部から見ているからであって、じっさい煉獄道場に入ったらわたしもすごくがんばってしまうことでしょう。
この煉獄では、まだ生きている人がその世界で祈ってくれたり自分について話すと修行期間を飛び級できる。そんな、外部の人間を使ったドーピングOKルールみたいなのがある。そのためダンテは出会う人からこんなお願いをされてしまいます。

どうだね、これからおれを悦ばすというなら、
おれのかわいいコスタンツァに
お前の見たおれのさまや ここでの掟のことをいうてくれぬか。
ここではな、この世の者(の計い)次第で、物事はぐんとはかどるのだからな
(第三歌 より)

死後の世界でもロビー活動や営業力で差が出る。だったらわたしは地獄行きでいいなぁ、なんて思ってしまう。だめ?


そんな煉獄道場で、師匠がすごく鋭いことをおっしゃいます。

三位一体のおん神のつかさどる無窮の道を
わしらの知恵で探りだそうなどと
のぞむ者こそ こけの骨頂だ。
にんげんは「何か」というところで満足すべきものだ。
もしお前に万有のものがわかるくらいなら、
マリアさまは御子(キリスト)をお生みになる必要がなかったのだ。
(第三歌 より)

おっとここでそれ明言しちゃうー? ウェルギリウス師匠は地獄よりもちょっとロックな人になっています。

ダンテも地獄より少しリラックスしている感じがあって、ちょっと余裕が出てきて考えを広げすぎると、このようにピシャリとやってくれる。

天はお前たちを呼び、お前たちのまわりをめぐって、
その永遠のうつくしさのかずかずをお示しになっているのに、
お前たちの目は地上にばかりそそがれている。
だから、何事も心得ておられるおん方が、
お前たちをこらしめておられるのだ
(第十四歌 より)

もうニ、三発ビンタされたい気分になる。
「愛」の説きかたもすてきです。

生まれながらの愛はつねに誤ることはないが、
こころが生む愛は、目的をあやまるか、力が乏しいか、多すぎるかで、
あやまちを犯すことがある。
(第十七歌 より)

この第十七歌で説かれている俗生の善はいわゆる偽善のことなのだけど、偽善も呵責の対象になることを淡々と語る師匠。

ひとはだれでも 善ということにぼんやり気づくと、
それによって自分のこころを鎮めようとして、
善に達しようと努めるものだ。
(第十七歌 より)

ウェルギリウス師匠が斬る! ふるさと納税が盛り上がる仕組みとマーケティングのからくり」というセミナーが開けそう。


そして第十八歌あたりから師匠がインド人に見えてくる。

お前たちの認識する力は、真に在るものから
印象を引き出して、それを心なかでくりひろげ、
そうして、魂を幻想の方へ向けさせているのだ。

マーヤー説。
そしてだんだん意地悪な言いかたになっていく師匠。

たとえ蝋が上質であるからといって。
それに刻む印がどれもいいとはかぎらないからね

煉獄篇は教会の堕落への言及が多いので、中盤からこういうニュアンスが強くなっていきます。

 


そして終盤、ダンテはあこがれにあこがれ続けた女性に出会います。わたしはここまで読みすすめたときに、自分が「女性=やさしい=くみとってくれる」というイメージを勝手におしつけていたことに気がついてはっとしました。

そのひとはおだやかな面つきで、わたしにいった、
「もっといそぎなさい、
あたくしの申すことがわかるように もっとそばへお寄りなさい」
わたしはいわれるままに、そのひとと並んでいた。すると、そのひとはいった、
「兄弟、あたくしと歩いているいま、
なぜ思い切ってたずねようとなさらないのですか」
(第三十三歌 より)

兄弟、といってくる。「くみとってあげる」「男子を立ててあげる」という気配がまったくない。男性を前にしても尊厳のある女性の言葉づかいのバリエーションを多く知らないわたしには、急にコントみたいに見えてびっくりする。
このほかにも煉獄篇はなぜか三河弁の人が出てきたりして、訳のおもしろさもあります。調子もリズムも、ダンテが急に読者に話しかけてくるトーンもすごくよくて、「ダンテの神曲がおもしろい」なんて言ったら身近な人には「むずかしい本を読んでいるのね」と線を引かれそうだけど、おもしろいものはおもしろい。ダンテがウェルギリウス師匠とのやりとりを通して本音と建前をチャーミングにほのめかしてくるのもおもしろいし、それをお見通しのウェルギリウス師匠がさらにおもしろい!
宗教的大喜利を芸術的に皮肉たっぷりにやるコントの脚本みたい。モリエールに夢中になったころの感覚が、いま少しだけ甦っています。

神曲 煉獄篇 (角川ソフィア文庫)

神曲 煉獄篇 (角川ソフィア文庫)

 

 

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