うちこのヨガ日記

ヨガの練習や読書、旅、生活、心のなかのこと。

シャクンタラー姫 カーリダーサ 著 / 辻直四郎(翻訳・解説)


サンスクリット劇の戯曲です。時代は4世紀末頃と推測されているようで、ヨーガ・スートラと近い年代です。
この時代にどんな劇が…と読んでみると、これがおもしろい。おもしろいのです。話は王様とお姫様の話なのだけど、結婚相手の階級がマヌ法典に背かないかと気にする場面があったり、その掟を踏まえつつのショートカット婚のようなガーンダルヴァ婚という形式が出てきたり…。お姫様の養育者が仙人という設定からしておもしろいのと、王様の側近にひとり "身分に関係なくおもしろいことを言う役の人" がいて、これはモリエールの戯曲で召使いのおばさんや道化師が担う役割と似ています。
全七幕のなかに韻文の詩がたくさん入るのですが、たとえば側近が王様のやる気を煽るような場面の後に、なんでそんなことをしたのかという理由も自分で以下のように詠います。

かきおこす 薪に火の面 ほむらだち、
いらだたされて 蛇もまた 頭(こうべ)ふくらす。
大方は 猛き力に 富む人も
励まされてぞ 勇みたつ。
(第六幕の詩 36)

もともとデキる王様でも、励まされてこそもっとがんばる。ときにはラジャスを意図的に優勢にしてやれと、そんなことを詠ったりします。


そしてこの本は、末尾の解説「カーリダーサとその作品」「サンスクリット劇入門」のなかにインドの歴史を学ぶのに「なるほど! そうだったのか」と思う要素がたくさんありました。「サンスクリット劇入門」の用語についての解説で、同じ劇の中でサンスクリット語(古典語)と数種のプーラクリット(中期インド)語を混用しているとありました。そしてどの語を話すかが、登場人物の仕事や地位と紐づいており、以下のようになっているとありました。

 サンスクリットは、バラモン・王・学者・大臣・将軍等、高級の男性に属し、女性の中でも第一女王(mahadevi)・大臣の娘・尼僧・高級娼婦等が、これを使用することもある。これに対しプーラクリットは、婦人・小児・位置の低い男子(ヴィドゥーシャカを含む)の用語とされる。プーラクリットは、使用者の種類・地位によって多数の種類に分れ、歴史的にも変遷があった。
(214ページ サンスクリット劇入門 11.用語 より)

わたしはカーマ・スートラの第六章(娼婦・遊女の章)の分析のすごさ(SATCがお子ちゃまに見えるレベルなのよ…)にびっくりしたのですが、高級娼婦の世界というのはいかに…、と、ついそちらのほうに関心が向いてしまいました。


作者のカーリダーサについては、このような説明がありました。

 カーリダーサの生涯については、その作品の内部から推測する以外に、信用すべき資料がない。恐らくウッジャイニーに育ったバラモンで、当時詩文にたずさわる者に必要とされたあらゆる教養をつみ、かつヒンドゥー教的社会の制度・慣習に順応したことは、疑いをいれない。(中略)彼の思想・信仰は、当時の教養あるバラモンに共通したものであったらしく、近代の学者に通俗ヴェーダーンタと呼ばれ、サーンキヤ・ヨーガ哲学の世界観に立ちつつ、根本原理を具現する最高神を認めるものである。
(192ページ カーリダーサとその作品 2.年代 より)

ウッジャイニーというのは、今のマディヤ・プラデーシュ州のあたりのようです。この戯曲のさまざまな立場の人(とくに姫側=仙人教育側)の心の示しかたを読んでいるととても引き込まれるのは、このような背景も起因しているかもしれません。


ヨガからインド神話、大叙事詩、バガバッド・ギーター、マヌ法典、哲学以外の教典…と興味の範囲を広げている人には特に楽しく読めるのではないかと思いますが、ふつうに喜怒哀楽の感情を掻き立てるようインドのエンタメのお約束要素をおさえた内容なので、メロドラマっぽくも読めます。神さまの登場しない設定でこんな話を4世紀から作って楽しんでいたなんて…。おもしろいわぁ。