うちこのヨガ日記

ヨガの練習や読書、旅、生活、心のなかのこと。

ぬるい毒 本谷有希子 著


アンジェリーナ・ジョリーは好きですか? わたしはアンジェリーナ・ジョリーを見て、たまにモヤモヤします。
アンジェリーナ・ジョリーの行動は何に対する復讐なのか。謎の行動に巻き込まれていく自分が嫌で、モヤモヤします。
女性特有のリスクのある病気を未然に防ぐための勇気ある行為の発表のあとに、ハリウッドの昭和的セクハラ慣習をふりきって頑張ってきたことを知ってしまうと、生きる権利の主張のしかたにもいろいろあるのだなという気持ちになって、妙に現実味が増してしまうのです。ハリウッド女優さんも露骨に大変じゃないかと。


自我を踏みにじられたならばそこにとことん向き合って、復讐するならしっかり作戦を立てる。
この小説の主人公の熊田さんは、そこをしっかりやります。自分の中に発動する自然と矛盾を、このように制します。

勝手に女性ホルモンを出すんじゃない、あばずれ。

20代前半の女性に、今しか価値がないと煽ってくる男性たちの作戦にどう対峙するか。
がんばれ熊田! ゴーゴー熊田! くまだ、くまだ、ク・マ・ダ!


熊田さんは、とことん自我に向き合います。

 彼らにあわせて自分もひねくれたものの見方を披露すればよかったとか? でもそんなことをすれば迎合したと見抜かれて、私が同等の立場として扱われることは永遠にないだろう。だからやっぱりああするしかなかったのだ。毅然とした態度を取るしか。浅かったかもしれないが。

頼もしい熊田さん。20代の頃は同世代の男性と話すとき、こんなふうに面倒くさかったなぁ。というあの感じがリアル。


腑抜けども、悲しみの愛を見せろ」では、くるぶしロール靴下のくだりで爆笑したわたしですが、今回はここで爆笑しました。同級生の男性たちから将来のことについてきかれて、セラピストを目指していることにしてその場をやり過ごそうとしたあとの熊田さんの脳内トーク

 私は<セラピスト>と唱え続けた。本当にこの言葉は顔の運動だったから。嘘じゃなかった。ちゃんと<セ>のところで頬は盛り上がるし、<ラ>のところで舌を巻くとリラックスできる。<ピ>も<スト>も、顔の肉があらゆる形に動く。セラピスト。

熊田さんの身体感覚はすごい。
ときめきも女性ホルモンもいっしょくたに、あっさり消化する。


気になっている男性からメールが来たときの反応のナマナマしい描写とか、こういうの久しぶりに読んだなぁ。

 それを読んだ直後、生ぬるい水が体の内側から滲み出すような感覚に打たれて、私はしばらくものを考えることもできなかった。

すさまじい瀬戸内晴美感! きっと熊田さんは30年後に仏門に入る。
熊田さんはまだ20代前半なのだけど、そんな未来が見えてきそう。


まだ20代なのに、すでに自己とこんなにしっかり相撲がとれている。

だって自分を無視できる存在なんてどうやって許したらいいの? 自分がただ生きて、ただ死んでいく悲しみを、私は一人で受け止められない。

わたしには、その異様な慈善エネルギーの源泉を隠しきれていないアンジェリーナ・ジョリーよりも、その源泉に目を背けずに脳内でアホな妄想を繰り返しながらも世間の中で着地点を探っていく熊田さんに軍配を上げたい。
アンジェリーナ・ジョリーにモヤモヤするすべての女性におすすめです。


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本谷 有希子
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