うちこのヨガ日記

ヨガの練習や読書、旅、生活、心のなかのこと。

エル ELLE フィリップ・ジャン 著 / 松永りえ(翻訳)


映画を観た帰りにすぐに原作を読みたくなって、映画館の近くの本屋で即購入。こんなふうにすぐに原作を読みたくなったのは「紙の月」以来です。
訳者のあとがきもすごくよくて、うんうん、わたしが感じたモヤモヤを言語化してくれて、ありがたい…。という文章。映画はすごく刺激的な内容だったけど、こういう心理状態になっていく人の変化の過程に目を向けない人よりも、わたしは目を向ける人がすき。

映画を観ようとしている人にネタバレしてしまうとおもしろくないので今日はそこのあたりにじゅうぶん留意して書きますが、これから映画を観ようと思っている人は、今日の内容は観た後で読んだほうがよいかも。(あなた、そこ見てたの! ってなるから)


この小説は、映画の後に読んで主人公ミシェルのここまでの背景が細かくわかると、ものすごく沁みます。特に過去に一緒に暮らしていた男性との関係は、原作を読むとさらに全体に響いてくる。そして映画版はユーモア満載であったということもわかる。
わたしは、ここを突っ込まずにはいられない。



 あの人、ヨガインストラクターじゃないのー?!



映画版にヨガ講師の女性が登場するのですが、原作では別の職業でした。ヨガスタジオでの主人公との会話は、わたしにとってすごく印象的な場面だったんだけどな…。
ヨガインストラクターの女性がたいへんそれらしい爽やかさで「気まずくならなくてよかった」なんてことをしれっと言う場面があるのだけど、こういう感情のやりとりの味付けとして、たしかに効果的な職種かも。この映画、やっぱり手ごわい。そしてこの女性がやらかす壮大な "うっかり" もまた映画特有の設定なのだけど、なんていじわるな設定なのだろう。


そんな細かすぎる突っ込みはさておき、映画と共通した太い要素として、やはりミシェルの考え方や現状への対処のしかたに、いろいろ心をギュウとしぼられるところが多かったです。文章で読むと、またぐいぐいくる。
以下すべてミシェルのセリフと脳内描写。

「あらそう? じゃあ、どうすればいいわけ? 嘆き悲しんでほしいの? 療養所に行ったり、注射漬けになったり、精神分析医に会いに行けばいいの?」(28ページ)


「わかってほしいの。人って誰でも、少しでも気休めになることならどんなことでもしてしまうことがあるのよ」(198ページ)


私は司祭に会いに行くほど信仰が篤くないことを後悔していた。信仰はやはり、いまでも世界一の特効薬だ。昔ながらの告解ができれば心が落ち着くだろうに。神様が私を見ていると確信できればよかったのに。(223ページ)

この小説を読みながら、ふと林真理子さんのことを思い出しました。
数年前のNHKの朝のトーク番組で林真理子さんが、若い頃にバッシングを受けていたときのことを振り返って「この人たち(バッシングをする人たち)は、わたしが死ねば満足するのか? と思っていました」と、当時のことを思い出しながらしれっとおっしゃった。そのときの印象がぐわーっとよみがえってきました。いまもメディアではいろんな人が吊るし上げられているけれど、本人は狂ったり注射漬けになったりしないと終わらせてもらえないような、そんな感じがするのではないかな。


この小説のミシェルは、自分自身のことを終盤でこのように振り返ります。

 わたしはあまりにも強く、あまりにももろかったのだ。

他人のことを「強い」と言う人の、そう口にするときの残酷さが、自分にもあるな…。そして、言われる側のときに気づいていることも、たしかなんだよな。


とはいえ、現実をこんなふうに見つめることにできる、そこから逃げないミシェルはやはり強い。

 悪魔というのは二十四時間ずっと人間の身体に棲みつくものなのか、それとも断続的に現れるものなのだろうか?

こんなことを思うほど、「心の生命力」を信じているような、そんなところもある。


そして、こんなことも思っている。

 誰でも、自分のことを現実の自分より強いと思いがちだ。そのとおりのことが起きたと私は思った。そして現実こそが、そういう自分を元どおりに戻してくれるのだ。

ミシェルの「元どおり」は、倒れることのできるミシェル、倒れても立ち上がるミシェル、どっちなのだろう。どっちもか。どっちもなんだよな…。
もし信仰があったなら、それはミシェルを救えただろうか。「悪魔というのは二十四時間ずっと人間の身体に棲みつくものなのか」ということを思いながら、社会のなかでしがらみを抱えて強くなるしかない人って、実はたくさんいるのではないかと思う。
ミシェルにとってのマルティ(猫)のような共犯者がいたら、薬になるだろうか。なんてことを一瞬思ったけれど、わたしの住まいはペット不可物件なのでした。
さぁ、明日からもがんばろう。


▼紙の本

エル ELLE (ハヤカワ文庫NV)
フィリップ ジャン Philippe Djian
早川書房


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