うちこのヨガ日記

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ワーク・シフト ― 孤独と貧困から自由になる働き方の未来図〈2025〉リンダ・グラットン 著


この本にある理由と重なるものはそんなに多くありませんでしたが、わたしも働きかたをここ3年くらいでジリジリ調整し、チューニングし続けるのが定常というモードに入ってきたあとでの読書です。
この本は積極的に他者と関わって居場所をつくっていこう、というトーンで語られています。わたしは国民性ってそんなに変わらないと思っているので日本式の秘密主義を推しますが、この本で何度も語られる以下のような状況は、やはり気になるところ。

家計の問題はさておいても、三○年や四○年も老後の生活を送ることに、多くの人は耐えられないだろう。七○歳を過ぎても仕事を続け、社会の一員として社会に貢献したいと考える人が多いはずだ。昔、職業人生は短距離走のようなものだったが、それが長距離走に変わろうとしている。そういうマラソン的なキャリアに、私たちはどう備えればいいのか。
(「カリヨン・ツリー型のキャリアを築く」より)


自分に合ったオーダーメイドのキャリアを実践するためには、主体的に選択を重ね、その選択の結果を受け入れる覚悟が必要だ。(中略)これまでの企業と社員の関係には、親子の関係のような安心感があった。私たちは、自分の職業生活に関する重要な決定を会社任せにしておけばよかった。それに対して、新たに生まれつつあるのは、大人と大人の関係だ。このほうが健全だし、仕事にやりがいを感じやすいが、私たちはこれまでより熟慮して、強い決意と情熱をもって自分の働き方を選択しなくてはならなくなる。
(「働き方を<シフト>する」より)


昔は、仕事と未来に関する選択の多くを勤務先の会社がおこなっていたが、ピラミッド型の指揮命令機構と上意下達型の意思決定システム、融通の利かない人事制度が崩れはじめ、選択の幅が広がりつつある。主体的に選択をおこない、自分の未来を築こうとすれば、ジレンマや不安、罪悪感にさいなまれることは避けられないが、選択をおこなわないという選択肢はもはやない。
(「自分で自分の未来を築く」より)

「食える」「食えない」という表現を耳にするし、実際貧困の問題もありますが、それとは別に、どこまで「働く=忠誠も含む」なのか? それは、誰に対する? ということで「悩む人になるか」「なにも感じなくするか」という選択肢があります。
いまは「長いものに巻かれている」というモヤモヤを抱えている人も、ずっと悩んだらいいと思う。(悩まなくなっちゃうほうが、あぶない。という意味で)



高度な専門技能を武器に働ければ、仕事と遊びの境界線をあいまいにするチャンスも開ける。ただし、それだけでは十分でない。未来の世界では、技能を高めるために職人のように考えることに加えて、イノベーションを実践し、創造性を発揮するために、子どものように遊ぶことも必要だ。
(「高度な専門技能を身につける方法」より)

この1行目って、すごくいいバランスの瞬間なんですよね。わたしも、「なんか、はたらきながら生きてる〜」という感じになると、いいなと思います。


ものすごくアメリカーンなトーンの本ですが、日本の企業がそれをお手本にしている以上は、参考になる。
読むことによってかえって混乱しちゃう人がいるだろうな、とも思うけど、以前は持っていた危機感が薄れていくことと周囲を悲観するマインドが同率で上昇している人は、まだ考えられるうちに読んだ方がよいのでしょう。
「戦国時代のような忠誠心を希釈した意思表明を、わたしはいつまで続けていくのか」と思っている人にもおすすめ。もう慣れちゃったって人は、慣れちゃうのもまた国民性というか「そういうスポーツに強い」というようなことだと思うので、まだ80歳前なのに他者にケシカランケシカランと発言するようなことさえしなければいいんじゃないかな。
こういう本って、感想を書くのがむずかしいですね。同じワーク本でも、昨日の本のほうが書きやすかったわぁ〜。


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