うちこのヨガ日記

ヨガの練習や読書、旅、生活、心のなかのこと。

それから 夏目漱石 著


わりと重めな話でありつつ、「ファッショナブル」という印象を持ちました。ストーリーの中に、カタカナの「新らしそうなもの」がたくさん登場します。
わたしは「なんとなくクリスタル」という本がベストセラーになった頃にガキんちょだったのですが、そういう名前の本が売れたことは印象に残っていて、こういう感じだったのかな。オザケンの歌に「プラダの靴」が出てきた感じとも似ているかな。

こんなワードが出てきます。

電話、写真帖、三越陳列所、氷菓がないときは氷水で我慢する、長椅子(ソファー)、金歯、丸善から小包、ビヤーホール、ミルクセーク、資生堂の練り歯磨き、馬鈴薯(ポテトー)と金剛石(ダイヤモンド)、日糖事件


大人の恋と職業観のお話なのですが、男女の会話の中に「さてはグルジ、そうとういい恋愛、してましたね」と思わずにいられないグイグイ感があったり、恋に狂うとこうなる! というびっくりするようなセリフが出てきたりする。後半はメロドラマ度が上がってくるのだけど、前半は主人公の思想の描写がほとんどを占めている。
この主人公の男(代助)は、「こころ」の「先生」の生活に「K」のマインドを乗せたような人で、グルジの中ではここからすでに「こころ」が始まっている、と思う。「偽善」が物語の舵を取っていく。男女の三角関係の話だけど、自己欺瞞と自己破壊の物語なので、ここでも「女性」はただの火付け役。



ラストに向けてのアクセルの踏み方がすごいので印象が上書きされがちだけど、冒頭の人物描写にある「草枕」のような絵画的な表現と、頭の中の差別的な思考がものすごくイヤミで、いい。これがいい。ここまでの設定にしないと無理なエゴの領域まで切り込んでる。描写は花、香り、色彩の表現がとにかく印象に残る。梅雨が恋しくなるるような、雨の日が好きになりそうな表現もあって、読むなら梅雨の季節がおすすめ。



わたしはグルジの小説の「トリグナの言語化」をいつも楽しみに読んでいるのだけど、この小説で tamas は「アンニユイ」になり、グナの動きは「情調の支配」という言葉で書かれている。この表現は、過去最高かも(今のところ)。
身体観の表現で、これはすごいなぁと思った箇所を紹介します。(ネタバレしないように書くのでご安心を)

血を盛る袋が、時を盛る袋の用を兼ねなかつたなら、如何に自分は気楽だらう。(一の一)

ビジュアルに自信のある主人公が、エイジングを憂う表現。


それが半年ばかり続くうちに、代助の頭も胸も段々組織が変つて来る様に感ぜられて来きた。(二の二)

段々友人との文通が疎遠になっていくくだり。疎遠の距離を頭と胸の組織の変化という。「頭と胸」は定番ですね。


重苦しい葛湯の中を片息で泳いでゐる様に取れた。(四の四)

貧困とプライドの保持の狭間で切羽詰った状況を「葛湯×片息」で表現する。


腹のなかに小さな皺が無数に出来て、其皺が絶えず、相互の位地と、形状とを変へて、一面に揺いてゐる様な気持がする。(六の三)

漠然とした不安の表現。いつも自分を引っ張ってくれる兄に思い通りに引っ張ってもらえなかった翌朝のタマス。


精神の困憊と、身体の衰弱とは不幸にして伴なつてゐる。のみならず、道徳の敗退も一所に来てゐる。(六の七)

精神と身体と道徳は一緒に落ちていく。


停車場に着く頃、髪の毛の中に風邪を引いた様な気がした。(十三の一)

恋の風邪の引きはじめは、たしかにこんな感じかもしれない。





人間関係の描写もグッとくるものが多い。

かう云ふ御坊つちやんに、洗ひ浚ひ自分の弱点を打ち明けては、徒に馬糞を投げて、御嬢さまを驚ろかせると同結果に陥いり易い。(二の五)

金持ちの息子である自分のことを、社会人が見たらこう思うであろうと、主人公自らが頭の中で思っていることの描写。


彼は妾を置く余裕のないものに限つて、蓄妾の攻撃をするんだと考へてゐる。(三の二)

自分で稼いだお金ではないお金を持つ男が言っているという設定も含めて、おもしろい。


胆力は命の遣り取りの劇しい、親爺の若い頃の様な野蛮時代にあつてこそ、生存に必要な資格かも知れないが、文明の今日から云へば、古風な弓術撃剣の類と大差はない道具と、代助は心得てゐる。(三の三)

ノミニケーションって意味わかんないよねという若者と同じ感じで、けっこう好き。


自分の不明瞭な意識を、自分の明瞭な意識に訴へて、同時に回顧しやうとするのは、ジエームスの云つた通り、暗闇を検査する為に蝋燭を点もしたり、独楽の運動を吟味する為に独楽を抑へる様なもので、生涯寐られつこない訳になる。と解つてゐるが晩になると又はつと思ふ。(五の二)

例えがウパニシャッドっぽい。




この小説は、「草枕」同様に、プルシャの視点がある。ここ。

歩きたいから歩く。すると歩くのが目的になる。考へたいから考へる。すると考へるのが目的になる。それ以外の目的を以て、歩いたり、考がへたりするのは、歩行と思考の堕落になる如く、自己の活動以外に一種の目的を立てゝ、活動するのは活動の堕落になる。従つて自己全体の活動を挙げて、これを方便の具に使用するものは、自ら自己存在の目的を破壊したも同然である。(十一の二)

プルシャは「動かされる」のであって、穢れないのだー。という原理に似ている。




人はこうやって、あやまちを正当化していくんだ。
この小説は、そのプロセスのねちっこさがハンパない。
「この主人公、むかつく〜」という人と、「わかる。わかるよぉ」という人に分かれそうな作品だけど、わたしは後者。自分を保つプロセスの中で発生する感情を、道徳的に清浄ぶって処理することに疲れた人は、いろいろな感情の種を引き出されることでしょう。道徳の皮をはがすと見えてくるものが描かれています。


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