わりと初期の短編。ストーリーのある小説ではなく、夢日記のようなおはなし。
ここのところ、夏目漱石の表現にハマっています。「印象と潜在記憶をテキスト化する技術」がここまでの人を見たことがない。
王道の名作小説もよいけれど、わたしはこの「夢十夜」がすっかり気に入ってしまいました。
「夢」というのは潜在印象に感情がいたずらのようにくっついてできあがるので、感情の描き方が異常なまでの鮮やかさに映ることがある。この本に収められている十話には、それぞれこんな印象的な「感情」が描かれていました。
- 第一夜:恋という感情。異常なまでの美しさ。
- 第二夜:瞑想中の感情。異常なまでのおもしろさ。
- 第三夜:支配へのつぐないの感情。ホラー。もろウパニシャッド。
- 第四夜:信仰という感情。それを第三者が観る。
- 第五夜:「運命」を「運命のいたずら」と思う都合感情。
- 第六夜:生へのあこがれという感情。対象は運慶と芸術。
- 第七夜:死へのあこがれという感情。ラスト一行がすごい。
- 第八夜:既知という幻想に混乱する感情。
- 第九夜:祈りと感情。
- 第十夜:欲と感情。
文章を追っている瞬間そのものが快楽的な小説なので、あまり引用しないほうがよいのだけど
ぼたりと露が落ちたので、花は自分の重みでふらふらと動いた。
(第一夜)
ここに「自分の重みで」と入るだけでまったく違う「生」を感じさせる表現になるところがすごい。
悟ってやる。無だ、無だと舌の根で念じた。無だと云うのにやっぱり線香の香がした。何だ線香のくせに。
(第二夜)
坊ちゃん(笑)。
ただ背中に小さい小僧がくっついていて、その小僧が自分の過去、現在、未来のことをことごとく照して…
(第三夜)
ウパニシャッドやスーフィーの物語のよう。高野聖っぽくもある。
その頃でも恋はあった。
(第五夜)
タイミングで場面が切り替わる部分の出だし。なんだこのすごい表現。
よく本の感想を「読みやすかった」と言う人がいるけど、それはたぶん「あまり頭を使わずに読了できた」という意味なのだと思う。
この本は、思考と感情の分類をせずに読めれば酔えるし、思考と感情の分類をしながら読んだらハマる。
絵筆がなくても文章で絵が書ける人というのが世の中にはいて、まさに夏目漱石はそうなのだろう。
なのでこの物語は、立体が苦手な人には、読みやすくない。
「読みやすい」という表現をされる本と言うのは、思考する頭の使い方や感情する心の使い方を平面的に促してくれる本、ということなんだろうな。たまにそれを立体的に促すのが上手な人がいて、そういう本に会うとドキドキする。
叶恭子さんとか、会田誠さんとか、作家じゃない人が書く文章にそれがあるのはなぜだろう。
▼短いのでいろいろなのとセットだけど、草枕とのセットがおすすめかな。