うちこのヨガ日記

ヨガの練習や読書、旅、生活、心のなかのこと。

夏目漱石とパタンジャリ


わたくしただいま、空前の夏目漱石ブームのなかにおります。
理由はいくつもあったのですが、それはいずれ本の感想に書くとして、夏目漱石って千円札以外にどんなイメージがあったっけ。
わたしの印象は学校の教科書で読んだ「こころ」で、「なんでこんなに暗い人が崇められてるの?」と思っていた。
でも大人になってから初期の夏目漱石を読んでいたら、ぜんぜんちがう。おもしろすぎる。
いま読んでいるのは初期の作品なのですが


箇条書きにすると

  • 暗いのではない。苛立っているのであった
  • なぜ苛立っているかの描写がしつこくておもしろい
  • その「なぜ」に潜在記憶が含まれており、ただの感情ではない
  • にしても苛立ちの喩えのモチーフが軽い。そのギャップが笑える
  • 日本語の心のはたらきをしめす動詞の少なさと格闘し、表現で乗り越えている

まあ、ギャップ萌えですね。このオッサン天然なのか? なのかー?! と思いながら読むのがおもしろい。なかでも「日本語の心のはたらきをしめす動詞の少なさと格闘」という部分は深く、

英語教師時代、生徒が「I love you」を「我君ヲ愛ス」と訳したときに、夏目漱石はかわりに「月が綺麗ですね」としなさい、といった話は有名である。(Wikipediaより)

には、うなる。
わたしはインド人の先生から英語でインド哲学を習ったのですが、そのときによく「……とまあ、いろいろ説明しましたが、いずれにせよ君が自分の国の言葉で語れてなんぼなので、がんばりなさい。ぼく日本語わからないし」と言われ、日々いろいろ言語化しているのですが、この漱石先生も、そういうことなんですよね。


で、なんでパタンジャリかと。
ハートで読んでいるので、「えー! そこ紐付けるー?!」と思う人もいるかもしれませんが


善は行い難い、徳は施(ほど)こしにくい、節操は守り安からぬ、義のために命を捨てるのは惜しい。これらをあえてするのは何人(なんびと)に取っても苦痛である。その苦痛を冒(おか)すためには、苦痛に打ち勝つだけの愉快がどこかに潜(ひそ)んでおらねばならん。
(「草枕」より)


 ↓

他の幸福を喜び(慈) 不幸を憐れみ(悲)、他の有徳を欣び(喜) 不徳を捨てる(捨)態度を培うことによって、心は乱れなき清浄を保つ。
(ヨーガ・スートラ 1-33)


ボヤいているか諭しているかの違いはあれど、同じ分解をしながら、この表現の違い!
というかこの漱石先生の切れ味、鋭すぎます。ヨーガ・スートラの1章は仏教に対抗する要素が濃いので説法モードが強いのだけど、わたしのなかで、この二つのフレーズは紐づきます。苦痛に打ち勝つだけの愉快を見つけるのがヨーガなんだろ? という指摘に見えるほど(笑)。
漱石先生の小説の中には「1-33、わかっちゃいるけどむずかしいぜ!」という叫びがいっぱい、しかもギャグみたいな流れで出てきます。ええええ、そ、そこからその角度でいま来るの?! と。




夏目漱石はイギリス留学を経て小説を書きはじめ、英語の感覚と日本語の感覚の間でかなり葛藤したようで、よくこんな変換をしたものだと、うなる表現がもりもり登場します。
日本語は、think も feel も guess も「思う」になってしまう。「○○じゃない?」の語尾には意味のバリエーションが多すぎる。
サンスクリット語の「無頓着」にあたる言葉は「気にしない」「印象すら持たない」「意識はあっても無秩序」でそれぞれ単語が違う。英語以上に細かい。
こういう孤独な勉強をしているときに夏目漱石を読んでみたら、




 日本人、なんでも空気で制圧しすぎ〜。
 もっと言葉を勉強して、表現する努力してー。もー。




という声が聞こえてきそう。
初期の作品は、それをユーモアで昇華しているのがとにかくすごい。
精神衰弱を和らげるために(高浜虚子の勧めで)執筆をはじめたらしいのだけど、なんというか、鬱憤の出かたが最高。「うつの蓋を開けてみたら、おもちゃの缶詰だった」という奇跡。



中村元先生の「ヨーガとサーンキヤの思想―インド六派哲学」に

サーンキヤ学派のこの<三苦>の思想は夏目漱石の『草枕』に影響しているという見解があるが、なお検討を要する。

とある。
わたしはこれ、まあそう憶測したくなる人の気持ちはわかるけど、単純に「こころの動詞の数の問題」のようにも感じ、中村元先生の「検討を要する」に賛成。


ちなみにサーンキヤの「三苦」というのは、みなさんがヨガのときに「Om Shanti Shanti Shantihi」って3回シャンティ言うときに指す領域なのですが、

  • 内なるもの=自意識過剰・マッチポンプ自家中毒
  • 外なるもの=外と関わることによる苦・人間摩擦
  • 神聖なもの=宇宙や自然と関わる世の苦。災害とかイナゴの大発生とか隕石降ってきたとか

です。要約しすぎですが、そんな感じです。
TPPとか、これ全部入っているからけっこう深いよ。
そんなことはさておき、今日の結論。




 夏目漱石の細かさは、まるでインド思想家!



ということをお伝えしたく、ただ暗い人だと思っててごめんなさいというか、ごめんなさい(笑)。
まあなんというか、漱石先生のボヤキがわかるようになって、わたしも大人になったかね……、と、そんなことを思ったりもして。
年齢を重ねていくと、こういう楽しみがあるんですね。

(ちなみに本日のヨーガ・スートラの訳は「サッチダーナンダ&伊藤久子 訳版」より引用しました)


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