うちこのヨガ日記

ヨガの練習や読書、旅、生活、心のなかのこと。

「やりがいのある仕事」という幻想 森博嗣 著


タイトルが「はたらき方」の本になっているけど、基本的には他のエッセイ同様の語り口でした。
学生向けのメッセージには「なんとやさしい!」と思うフレーズが多く、学生さんはぜひ読んでおいたほうがいい。エネルギーの循環を再認識する上でとても大切なことが書かれているので、「はたらき方」になんらかのチューニングが必要と思っている人も読んだほうがいいです。
わたしの印象に残るところは相変わらず「インドっぽい」ところばかりなのだけど、この本にはまるでラーマクリシュナが日本に降りてきて執筆してんじゃないかと思うようなことが書かれていました。

たとえば、子供が無邪気に遊んでいたり、犬が走り回っている様子を見ると、心が温まる。しかし、子供も犬も、温かい態度を取っているわけではない。見ている者が、自分で自分の心を温めるのだ。したがって、僕が冷たいと感じる人は、自分の心が冷たいということに気づいただけである。
(「難しくて冷たい?」より)

ここは、アプローチは逆サイドからなのだけど、おっしゃっていることはラーマクリシュナの以下の指摘とそっくり。

人は自分の想像しているような神を見る。タマス性の信者は、大実母(マー)が羊を食べるものだと思っているから、いけにえに羊を捧げる。ラジャス性の信者は、いろんなカレーをつくって、米を煮て、お供えする。サットワ性の信者は仰々しいやり方で礼拝しない。
インドの光 聖ラーマクリシュナの生涯 / 158ページ 第六章 神を求める人々との語らい より)

「思考」を育てる100の講義というエッセイに「インド的だとよく言われるけど、インドのことをよく知らない。」という章があったのだけど、ご本人がインドのことをよく知らなかろうが、インド的じゃないの〜(笑)。



以下は、20歳を過ぎた頃にこの言葉を聞いていたら「秀吉が信長の草履をあたためるような、後で思うとたいへんに恥ずかしいこと」をひとつもせずに、なだいなだ先生のいう「わかりいそぐような行動」もせずに、もっと汚れずに大人になれたかもしれない。と思ったこと。

人から褒められたのは、これまで自分が子供だったからだ。大人になったのだから、自分のことは自分で褒めよう。
(「流されないためには」より)

ヤングは必ずメモ〜。そのくらい大切なメッセージ。非ヤングもメモしたい。




もうひとつ、これはわたしが「ヨガを指導すること」に足踏みしてしまうことと同じ理由で、沁みた。

「好きだから」という理由で仕事を選ぶと、それが嫌いになったときに困ったことになる。人の心は、ずっと同じではない。どんどん変わるものだ。
(「好きなことが最良とは限らない」より)

こういうことは過去のさまざまなことから学んでいて、わたしも「ヨガの先生役をするお仕事」から少し距離を置いています。



はたらくことは、「はた」を「らく」にすることだというのが神道由来の教えにあるのだけど、この本にも「人よりもじょうずに(=早くとか、きれいにとか)できることのエネルギーを分ける」という考え方が語られていています。
「人をらくにできることを探す前に自分がらくをしたいという気持ちで仕事を探すのは、そもそも客観性がないから終わらない悩みだよ」ということをやんわりと言いつつ「でも世の中のいろいろなことが文明の力でとってもらくになったから、人をらくにすることを探すのが難しいんだよね。わかる、わかるよぉ〜」という圧倒的な背景理解がある、ものすごく包容力のある大人のエッセイです。



インドやスリランカやマレーシアに旅行をすると、子供たちがよくはたらいています。その「らく」にする対象が「親」で、ほめられるから、ただそれだけでやっている。外国人旅行者に「えらいね」と褒められても彼らはべつだん嬉しそうにせず「で、買ってくれるの? くれないの?」というところにしか関心がない。日本の大人よりもよっぽどビジネスマン。
大人のほうが、たくさんの人に褒められたがっている。「褒められるからうれしい」以外の「エネルギーの可視化」の流れのそばにあるはたらきに眼を向けられれば、仕事を探すことの悩みは減るだろうし、悩んでいることの原因が実は仕事だけではないことにも気づく。
そして、そこに気づかない人をターゲットとするマーケットもすっかり成熟している。ヨガのTTビジネス(ティーチャー・トレーニングで単価の高い収益を早期納入でおさえるキャッシュフローで学校を経営すること)なんかもその実例に入ると思う。


この本には、

「最近よくこの宣伝を見るね」というものは、「売れていないのだな」と受け取ればまずまちがいない。
(「宣伝するのは売れないから」より)

とあり、そういうことへの冷静さを取り戻すことへの示唆も、ふんだんに盛り込まれています。
この本は、読みながら頭の中に浮かんでくることに意味のある本です。仕事の自己啓発っぽい香りのするタイトルだけど、語られているのは「エネルギーの流れ」の話。「たまに呼吸をするのが面倒くさいと思うことがある」とまでいう著者さんならではの、突き詰めた自問自答の末に飛び出すメッセージがすてきです。



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「やりがいのある仕事」という幻想
朝日新聞出版 (2013-07-02)
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