うちこのヨガ日記

ヨガの練習や読書、旅、生活、心のなかのこと。

あなたにだけ 瀬戸内寂聴 著


瀬戸内寂聴さんの恋愛小説は6年前に「花芯」を読んで以来なのだけど、1968年(昭和43年・著者46歳のころ)に出たこの小説は時代感がすごい。
暴力、ドラッグの描写が普通に出てくるし、女性が仕事を持ち始めた時代の描写がとてもナマナマしい。出だしで久しぶりに「これは読みきれないかもなぁ」と、途中でやめたくなる気分が何度かやってきたけど、各登場人物の状況・背景説明が終わってからはジェット・コースター。
寂聴さん自身が、この小説をあとがきで「勢いがあった。おもしろい」と振り返っていて、45年前の自分の文章をこんなふうにいとおしく思う気持ちって、どんな境地なんだろうと思った。
この小説に描かれている大人の世界は、知らないながらも絵だけは想像がつく。子どものころに見た再放送のドラマやテレビの回想番組の、松田優作が出てきそうな世界。いま読むと少しはずかしくなるようなセリフが満載です。


一つおもしろかったのは、日常の描写に出てくる家電の普及の描写

「大体、あたし憤慨しているんだけど、電気掃除機くらい不便なものありゃしないわ。何が文明の利器よ。ねえ、うちにいた田舎からきたばあやがね、はじめて電気掃除機つかった時、ありゃ、こんなもの何が便利でごぜえましょ。わたしゃ、電気掃除機ってものは、座敷の真中で、御幣を持つようにささげて立っていたら、部屋のごみがすうっとそこへあつまって来て、何もしねえで、吸いとるのかと思ってましただよっていったわよ。うち中でおなかかかえて笑っちゃったけど、考えてみればそうよね。そこまでいかなけりゃ、あんまり便利なものと思わないわ」(470ページ)

すごく冷静。45年後のいま、ルンバを持っている人がじわじわここ数年で普及してきたレベル。わたしは家に掃除機がないのだけど、同じ理由です。まあ、畳だからというのもあるけど。




ほかにもなにげに、すごくおもしろい表現が出てきます。
そんなに夢中になれなかった元彼が別の女性と結婚することになり、その婚約者と三人で会ったら婚約者の女性(千香)が超ぶりっこであるという場面(73ページ)で

「新婚旅行はどちら」
 仕方がないので、千香の喜びそうな質問をなげてやる。案の定、はじめていそいそして、彼女は首をつきだすようにしていった。
「香港はどうかっていってるんです」
 げえっと胸元にこみあげてきそうだった。もうこうなれば破れかぶれ、ついでのこと
「あら、すてきねえ。千香さんはもちろん、日本式の花嫁さんでしょ。お色直しもお着物」
 舌よ、腐ってしまえ。

魂を売る瞬間を「舌よ、腐ってしまえ。」と、短い言葉で表現する。すご。



このほか、同棲している恋人を束縛するため、外に出られないよう彼女をボコボコにする男の、思いっきりDVな場面(115ページ)で

「ひでえ顔になったな。ま、当分出られめえな」
「鏡みせて」
「みない方がいいよ。お岩さまだ。ぞっとするぜ」
 立つと、頭ががんがんする。まるでバケツでもかぶったように重い。さわったら、頭もたんこぶだらけで、お釈迦さまみたいになっている。

そこの比喩でお釈迦さま?!



不倫の描写にも時代感が…

配給米より闇米が美味いと同じように、人の目を盗む常時だからこそ、味が深いのかもしれなかった。
(231ページより)

ああ寂聴ワールド。



夫が家政婦に探りを入れながら調査されていたことを知り、不倫が夫にバレたかもしれないと思うときの妻の身体描写もなにげにすごい

秋子は、そうだったのかと髪の根が浮きあがるような気持ちになった。
(271ページ)

すごい身体表現。経験がないと出てこないね。




20歳そこそこの女の子が、おじさんおばさんに対して抱く感情の描写もおもしろい

 わっと、笑いが上がった。ちっともおかしくなんかないのに。大体、四十すぎのこういう年代ってのは性のことにあさましいほど反応をしめす。きっと戦時中育って、たべもの同様、セックスにもひどくがつがつして育ったせいだろうと思う。(294ページ)

いまはこういうことを、小説の中でも書けない時代になってしまっているような。



この小説には19歳から60代までの恋する女性が登場するのだけど、よくぞここまで世代別の恋愛感情を描けたものだと思う。これを40代で書いているものすごいし、だから90代になったらああなる、という感じもする。
肉欲と生命力は比例するというのをありありと見た気がしました。
この小説は、男性は読みきれないんじゃないかな。女性は、好きな人は好きな世界だと思う。

あなたにだけ 〈新装版〉 (文春文庫)
瀬戸内 寂聴
文藝春秋 (2013-04-10)
売り上げランキング: 35,894


Kindle版もでてる



瀬戸内寂聴さんのほかの本の紹介はこちら