大林宣彦監督の長岡花火を題材とした映画、ということで観てきました。
ドキュメンタリー要素が濃いのだけど、味付けは時をかけそうなイリュージョン風味。将来子供たちが授業で見る映像にしても、映画作品としても、長すぎやしないかというのが素直な感想です。戦争と震災をつないで語ろうと思ったら濃くなるし、長くなる。休憩があったほうがいい。
長岡出身のわたしが見ても「要素盛ってるなぁ」と思うので、長岡のことをあまり知らない人が見たら印象が方々に散ってしまいそう。美しい松雪さんは女の友情を描く役割の人。この映画は原田夏希さん演じる新潟日報の記者さんを主軸に「戦争(リリ子さん)と追悼花火(花火師の嘉瀬さん)」にフォーカスして観ると、印象に残る濃さで記憶できると思います。
ちょっとした楽しみどころとしては、嘉瀬さんの娘さん役を平潟神社のご近所女優・星野知子さんが演じていたり、山下清さんの役を「たま」のあの人がやっていたりして、長岡出身のイカ天世代にドツボなキャスティングも仕込まれています。
長い映画だったけど、わたしはこの言葉がとても印象に残った。それだけでいいと思いました。
加害者は文明で、被害者は文化
前半ででてくる言葉。
わたしたちの姿が見えていたら、
空にいた人は爆弾を落とすことができただろうか
これは、たしかリリ子さんの言葉だったと思う。(正確な記憶ではないけど)
戦争には、いろいろな戦い方がある。
なかでも爆弾には、
「相手の姿が見えていたらできないようなことをしてしまうことのすごさ」がある。
相手が見えないというのは恐ろしいこと。人を暴君にしてしまうこと。
そういうことを、バチッと示された。
電話もメールもインターネットも便利な文明だけれど、「近々会う」ことを前提に使っていたときは、もっとキラキラとしていた。
文明を便利に楽しむには、会いに行く行動がつきものなんだってことを思い出した。