朝と夜のことについての経験談です。
朝に本を読むと、誘発されるものの質が、なんとなくいい。
夜はその逆とまでは思わないけれど、同じ本を読んでいても、ひらけていく感じではない。
だから、夜はなにか誘発されないような行動、もしくは「たまったものを出しきる」ための行動をしたほうが、
なんというか、フローとして、いい。
そう感じる。
悲しい映画を見た後に明るい道を歩くと、気持ちのやり場のなさを感じたりする。
こころは、そういうふうにできているのかもしれない。
自分のこころのはたらきの傾向を観察するのは基本的にはつらいことなのだけど、朝の場合はそこに少しだけ「ひらめき」が混ざるので、「つらいけど、なんか楽しい」。
こころの中には、花を咲かせるエネルギーのようなものがあって、
小さい花がぷちぷちと咲くような、そんな感じが「なんか楽しい」というエネルギー。
大きい花がうわっとひらくようなひらめきではなくて、わたしが朝に感じているのは小さい花だ。
「ひらめく」といえば。あばれはっちゃく。
逆立ちをして大輪をちょいちょい咲かせちゃうの。
ものすごく理にかなってますね。
二段ベッドを背にハンドスタンド、ってのがいいですよ。
こういうノリで、ヨガをするといいですよ。
とじめきについては、またいつか。