うちこのヨガ日記

ヨガの練習や読書、旅、生活、心のなかのこと。

裁判長!ここは懲役4年でどうすか 北尾トロ 著

先日「ぼくが最後のクレーマー」を貸してくれた仕事仲間からの借り本。普段ネット上で「不適切」なことの取り扱いやリスク管理の仕事をしている人の、こういう感覚での本の楽しみ方は素敵なお仕事スタンスだと思う。
この本は「裏モノJAPAN」という雑誌に連載されていた裁判傍聴記が書籍化されたもの。傍聴ブームなるものを巻き起こして、コミック化されたり映画化されたりしている。


裁判の傍聴ログなので題材は重く取扱いにくい案件ばかりなのだけど、不妊セックスレスで「露出」系のチカンになってしまって、どうにも再犯しそうな人に「せめて次回は触ってくれ」と思う心情などは、妙に共感してしまう。
うちこが競馬をやっていた頃(ファイトガリバーとかフラワーパークの頃)に騎手だった田原成貴被告の裁判も登場。おまけに今後の世話役を買って出た本宮ひろ志氏まで登場する。これはものすごくドキドキしながら読んだ。


どれも「うわ……」と思う内容なのだけど、うちこの印象に残った箇所(裁判)をいくつか紹介します。
まずは記憶している人も多いであろう「音羽幼稚園幼女殺害事件」の裁判から。

<26ページ この静けさはなんだ より>
 が、弁護側は抵抗をあきらめたのではなかった。だらだらした男弁護士の後を受け、立ちあがった女性弁護士が、思いがけない弁論を展開してくれたのである。ぼく流にひとことでまとめると論旨はこうだ。
『発作的反抗を行ったのは、被告が強迫的心理状況に陥っていたから。つまりこの人は犯行時、病気だったのだ。病気が引き起こした犯罪なので、動機がうまく説明できないのも当然なのだ』
 山田被告は短大時代から過食症と拒食症を繰り返す、重い《摂食障害》者だった。《摂食障害》は《強迫性障害》による過剰適応という面が強く……。
 ここらへんにしとこう。ともかく女弁護士は三段論法のような病気説明を延々と続けた。狙いが刑期の短縮なのは明らかだが、無理がありすぎる気がしてならない。まるで、すべては病気のせいみたいではないか。被害者の身内はこの言い訳をどう感じるのだろう。

こういうときでも摂食障害が「病気」が語られたりするのか。摂食障害って、すごく広義に使えそうな気がする。そうするとなんにでも「使える理由」なっちゃうよねぇ、と思ってしまう。


次はわいせつモノ。30人近くの女子高生が見学に来ている裁判のログ。

<49ページ 女子高生を前に裁判官がんばる より>
「あなたはなぜチカンをしてはいけないのだと思いますか?」
「えーと、えー、法律に違反するからです」
「それだけですか。被害者である14歳の中学生の気持ちを考えたことがありますか」
「えーと、相手には悪いなぁと……思います」
「そういうことじゃなくて」
「………」

 裁判官は、ここであえて(だと思う)刺激的なことを口にしてみせる。
「あなたは自分が何をしたかわかってるんですか。わかってないでしょう。あなたは14歳の中学生を電車でチカンし、下着の中に手を入れ、さらに陰部に指を入れたんです!」
 詳細を知らなかった女子高生たちの顔に衝撃が広がる。
 彼女たちのあからさまな不快感を計算に入れて、裁判官はさらに被告を追求。被害者が事件のショックで家に引きこもっていることなどを矢継ぎ早にあげていく。

えぐい。そのリアクションとのセッションに、ライブのような様子を想してしまう。


次は、お子さまのいらっしゃる方にははらわたが煮えくり返るであろう、幼女わいせつ系。

<60ページ ソープへ行く金がないから幼女を襲う!? より>
「被告はこれまで少年院に始まり、刑務所に何度も入ってきました。今回も実刑は免れず、本人は仕事がなければまた犯罪を犯すと言っていますが、幼女を狙うことはもうやめると、ここで誓えますか?」
 犯行を貧困のせいにして、わいせつ問題とは別扱いにしようとしている。だが、弁護人のやりくりも被告にはまったく通用しなかった。
「小さい女の子を狙うことはやめないと思います」
 断言してるよ、おい。
「あなたは幼女でしか欲求が満たせないのですか」
「そうじゃないけど、ソープとか金がないから行けないでしょう!」
 金がかからないから幼女とはめちゃくちゃな理屈。そもそも被告と弁護人がやり合ってどうするよ。検察官も苦笑しているし、実力ないかも。
「あなたは被害者の気持ちを考えたことはないですか。幼い子どもにとって、あなたの行為がどれほど傷として残るか考えませんか」
 窮状を見かねて裁判官が口を挟んだが、もう遅い。
「考えたことありません。あったら、こんなことできないでしょう!」

考えたらできないようなことでも、仕事がないからやってしまうんだ! というものすごい理屈。

<189ページ 主役はあくまで《弁》と《検》 より>
(小遣いほしさにタバコ屋のおばあさんをふたり、さらに夫婦者まで、計4名を殺害した凶悪犯)
 まもなく、被告が登場した。ん? 事件の凶悪ぶりから見て、ギラギラした男を想像していたんだが、年金暮らしが似合いそうな冴えない年寄りではないか。
 だが、そう思ったのもつかの間。オヤジはドアのそばに立つ警備員を見て叫んだ。
「あんなとこに立ってたってしょうはないじゃない。だめだだめだ!」
 係員に「静かに」と注意されると、ふてくされたように席に座る
。かなり短気のようだ。カッとすると何をしでかすかわからないオヤジ。傍聴男の心証は早くも有罪へと傾く。

短気というよりも「けしからん!」という思考をする人は全部要注意。そしてそういう人は、数ある朝のテレビの中でもみのもんたの番組を好む気がする。と、アルコール依存症の実父を見て思う。

<236ページ 減刑してやれよ裁判長 より>
被告が2名(夫婦)なのだが、法廷にきたのは80歳の妻のみ。これまた大正生まれだ。夫は腰が悪くて病院で待機しているとのことである。
 そして、殺したのはやはり息子。理由はタチの悪いアルコール中毒だった。何度も治そうとしたが、病院から出るとすぐに酒を飲み、酔うと何をしでかすかわからない。
 親への暴力や物干しを投げて壊したりは日常茶飯で、コタツ布団に火をつけようとしたり、鍋に天ぷら油を入れてガスコンロの火をつけっぱなしにしたり、生きた心地のしない日々だったとばあさんは言う。
 事件当日も数々の暴言を吐き散らし、バイクのタンクの蓋を開けて火をつけようとしたのをとがめると「ぶっ殺す」と向かってきた。そのとき、母の腹は決まる。耐えに耐えてきたからこそ瞬時に決断ができ、攻めに転じられたのだ。

もうこれ、正当防衛だよねと思う。アル中の人というのは、言ったこともやったことも覚えていない生き物なんで。


完全に刑務所で暮らすつもりの人もいれば、苦しい言い訳をする人、演技しすぎて裏目に出る人、そして明らかに被告人といえども無理もないような事件、さまざまな事実が登場します。
そして、「犯罪にいたった理由」というのはもう個人のものさしでしかなくて、「何が悪い。こんな環境で生きているんだ、当然だろう」と居直る被告人も多く登場する。常識なんてものは通用しない世界。ミッキーのスエットを着ていたり、ドクロマークのパーカーを着ている被告人へのツッコミもきっちりされている。
「おもしろ重い」。そんな本でした。

裁判長!ここは懲役4年でどうすか (文春文庫)
北尾 トロ
文藝春秋
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