今日はイーシァ・ウパニシャッド(一名/イーシャーヴァーシァ・ウパニシャッド)から特選で、グッときまくった詩をご紹介します。特選なので、ひとつです。
佐保田先生の「ウパニシャッド」には、このイーシァ・ウパニシャッドのまえに「ケーナ・ウパニシャッド(一名/タラヴァカーラ・ウパニシャッド)」というのが少し紹介されています。ケーナ・ウパニシャッド自体は、ひとことでいうと『「梵」まつり!』という印象。「内在的司令者たる梵」「梵の認得」「梵の難知に関する神話」「梵に関する黙示的開示」……、梵、梵、梵でした。梵マニアの人にはおすすめですが、うちこはあまり萌えませんでした。
そんなわけで、それはすっ飛ばして「イーシァ・ウパニシャッド」です。
ご紹介するのは、「中庸の道」という詩。
いきますよ。
中庸の道
無明(無知)を崇信する輩はもとより盲闇に沈むも、明(知)を欣(よろこ)ぶ輩はさらに深き盲闇に沈むと見ゆ。
明とも異なり、無明とも異なるものといえたり。かく賢者達がわれらに説きわけしをわれらは聞けり。
明と無明とを併せて同時に知る者は、無明を以ては死を越え、明を以ては不死に達す。
無生を崇信する輩はもとより盲闇に沈むも、生を欣ぶ輩はさらに深き盲闇に沈むと見ゆ。
生とも異なり、無生とも異なるものといえり。かく賢者達がわれらに説きわけしをわれらは聞けり。
生と滅とを併せて同時に知る者は、滅を以ては死を越え、生を以ては不死に達す。
「脱・ないものねだり」の教え。
明と無明とを併せて同時に知ること、生と滅とを併せて同時に知ること。
一方通行の思想で団結することは、盲闇に団体で沈みにいくようなもの。
すばらしい詩です。
平河出版社
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