うちこのヨガ日記

ヨガの練習や読書、旅、生活、心のなかのこと。

パティ・ボイド自伝 ワンダフル・トゥディ(クラプトン以降編)

インドヨガ時代編」「ジョージまで編」に続いて、最後は「クラプトン以降編」です。
この本は、はじめはヨガ時代のところだけの抜粋紹介で終わりにしちゃおうかな、と思っていたのですが、クラプトン以降編は、アルコール依存症の父と日々向き合いながら暮らしているうちこにとって、いい意味で「やっぱり、そうなんだ」とあきらめていいことの確認ができるエピソードがたくさん書かれていて、リアルに「励みになる」内容でした。
この生活についてはここではほとんど書くことがありませんが、おととしにきっかけがあって、過去に一度だけそれをテーマに書いたことがあります。

そんなわけで、この本は下世話な暴露本のようでありながらも、うちこにとっては生活に役立つことがいっぱい。ではでは引用紹介、いきます。

<288ページ>
 ところで、エリックと暮らし始めて私は再びお肉を食べるようになっている。アメリカでディズニーランドに行ったときのこと、空腹でたまらなくて、つい手を出したのだ。(中略)その年のクリスマス、ハートウッド・エッジで七面鳥のごちそうを食べていたら、招待していないのにジョージが突然やって来た。彼は肉を食べている私を見て愕然とし、叱りつけた。でもその後私たちは笑い、彼は一緒にクリスマス・プディングを食べてワインを飲んだ。気まずい雰囲気はまったくなかった。彼とエリックは信じられないほど仲良くしていた。(中略)その後間もなく(ジョージは)オリヴィア・アリアスに出会い、それからはすべてが順調に運んだ。

恋は宗教みたいなもんです。

<292ページ>
ある日、私は、引き出しの中に5000ポンドの小切手を見つけたので「これからロンドンを出るから、この小切手をオフィスに持って行きましょうか? そうすればあなたの口座に入金してもらえるわ」と彼に言った。「ダメだ! さわるな」とエリックが答えたので、理由を訊くと彼はこう言った。「小切手をもらったんだ。それで十分だ」

このエピソード、好きです。きっと危うい魅力以外に、こういう魅力があったのだと思う。クラプトン。でもパティがジョージにもらったベンツに乗り続けるのはいやがったりしていて、かわいかったりもする。所有欲の方向が動物的なんだなぁ。

<303ページ>
 エリックに出会うまで、自分が誰かに対してあそこまで深い想いを抱くことなど考えられなかった。以前は強い感情や激しさを恐れ、そういう気持ちにならないよう、自分を抑えていた。ある意味で私は正しかったのだと思う。(中略)あれほどの経験は人生で、そう何度もあるものではない。そんな情熱を私に与えてくれた彼と一緒にいたいと思うあまり、私は彼のひどい振る舞いを許してしまった。しかし、それは間違いだった。

間違い伝説のはじまりです。もう「愛しのレイラ」を世に生み出した時点で、なにも一緒になるこたぁなかったのですのに。

<304ページ>
 彼に飲みすぎであると言おうとしたが、うまくいかなかった。そこで私は彼のために飲み物を作ることにした。そうすればレモネードの割合を多くすることができたからだ。その後、私はボトルに印をつけて、ブランデーが減る量をチェックしたのだが、エリックにとってはすべて何の意味もなかった。(中略)当時は今と違って、著名人が自らのアルコール依存症体験を語ることもなかったし、そもそもアルコール問題に触れる人すらいなかった。

日本は未だに遅れています。アルコール中毒の治療を受けている証明ができなければソーシャル・グループ活動に参加できないとか、まったく困ったもんです。開き直っている人に、そんな理論は通用しないと言うのに。でも、飲んだビンを隠そうとしたりするんですよね。謎。警察を呼ぼうとするとさらに怒り狂ったりするのも謎。呼ぶんですけどね(税金の正しい使い方)。

<306ページ>
人生はさながら、膨大な量のアルコールを燃料とした大きなパーティだった。(中略)私に課せられた責任とえばせいぜい、彼に食事をさせること、彼がレコーディング中なら、スタジオの時間に間に合うように送り出すこと、そして彼がツアーに出る時に、荷物をスーツケースに詰めることくらいだった。そうやって彼が望むとおりの女でいようとしたし、彼がすばらしい人生を送れるように努めてはいた。けれども私たちは、まるで大人ぶって遊んでいる子供だった。

「大人ぶって遊んでいる子供」の燃料は、アルコールやドラッグだけでなく、スピリチュアルとかロハスという耳障りのいいものにも、あります。口当たりと耳障りのいいものには、人を依存させる魔力がある。



ここからは、エリックと別れてパティが自立していく章です。

<382ページ>
 自分自身を再生するプロセス、ある程度の自尊心を取り戻すプロセスは、思うように進まなかった。ジョン・ダウニングが私をあちこちのパーティに連れて行ってくれた。が、来ている人は皆、スピード感のない者とは話をしたがらなかった。時は80年代。私のような「普段はなんにもしてないの」とニコニコしながら応えるタイプはお呼びでなかったのだ。最初、私はそれを滑稽だと思っていた。彼らの方が愚かだと思っていた。だが、そのうちはっきりわかったのだ。間違っていたのは私の方で、彼らではないということが。私は仕事をしていなかった。ただの人だ。自分は空っぽで役立たずだと感じた。まるでそれまでのあいだ、ずっと夢の中にいたように感じ、何も成し遂げていないと思った。私は彼らの視点で人生を見てみた。見えるのは、悲しく、打ちひしがれ、沈んだ人物だけだった。何に対しても後ろ向きな奴だったのだ。

「彼らの視点で人生を見てみた」。この人のいいところは、こういうところ。自分だけが天才ではないと感じるような場面にいることが多かったからこそ、こっちに視点を移せたのかもしれないな、なんて思いました。

<416ページ>
 当時、ロニー(・ウッド)が特に好んでいたワインがランシュ・バージュで、アンドリュー(・ロイド=ウェバー)が何ケースか彼に贈っていた。私がお昼時に行くと、一本開け、その午後に来た人も仲間に加わった。とても楽しかったのだが、ロニーがお酒を止めなければストーンズとツアーはできないとミックが言ったので、飲み会はお開きになった。2004年、その三部作はついに劇場に飾られ、私が撮った何枚かの写真もその隣に置かれた。

この本を読むと、たいていのヨギはミック・ジャガーを好きになるでしょう。という記述がけっこうあるのですが、うちこはこういったミックの一連の行動を「ヘルシー・ハラスメント」と呼んでいます(笑)。

<423ページ>
 あれは本当に不思議な感じがした。ドラッグとアルコールを断ったエリックは、まるで別の人間になったようだった。でもきっと、もともとシャイで無口だったのだろう。それをアルコールでごまかしていただけだ。いずれにしても、彼は私が知っていた陽気な男ではなくなっていた。

もともと人前で話したり人をひっぱっていくような沸き起こるものを持たない人には、そういう因子があるのかもしれない。うちこも、遺伝じゃないけどそういう因子があるのだと思うことがあります。
今は、本来の自分はそうであっても、「何事も陰陽の役割バランスがあって、そうなるとフロントに押し出されることもやむなし。エネルギー見抜かれちゃった」という納得をして動けているので、無理がなくなってきました。

<441ページ>
 私は幸運だった。生き残ったからだ。でも、依存傾向が低いタチじゃなかったら、エリックと一緒に落ちていたかもしれない。死ぬまでお酒を飲んでいたかもしれない。しかし、生まれ変わっても、同じ人生を歩むだろう。私は音楽を愛している。ロックンロールに付随するものなら何でも愛した。あんなにクリエイティヴで、刺激的でエキサイティングな時代にその中心で、青春を過ごすことができて、本当に楽しかった。類まれな人たちと出会い、忘れられない経験をした。
 でも、エリックの誘惑に負けたことは悔いている。もっと自分が強ければよかったのにと思う。

めちゃくちゃ素直に後悔しているところが素敵です。


実際読むと、「自意識過剰な美人だなまったく」と中のオッサンが怒る記述もいっぱいあったのですが、でも美人だからオッケーです(笑)。

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